2008年12月22日 (月)

偽装スプレー -ショートSF-

夜遅くまで息子がギターを練習していた。家ではアンプを使えないが、爪弾く音は聞こえていた。時に音楽に合わせて弾く。はじめはたどたどしかったが、少しずつうまくなってきた。

こんどの日曜日、空けておいて。なに? と聞いてもあやふや。母親にこっそり聞いてみる。バンドのデビュー、知らなかったの? 夜中、ギターを数本抱えて車で練習に出かけていたのよ。カラオケに行っていたんじゃないの? 夜出かけていたが、バンドの練習とは思いがけなかった。

当日、ライブ会場まで車で搬送。ギター3本を持ち歩けないという。会場前で降ろすと、迎えもよろしく、メールするから。入ってもいいだろう。ダメ!! 母親も絶対に来るな、といわれ残念がっていた。あんたなら大丈夫かも。是非観てらっしゃい。

地下のライブ会場に潜り込んだ。薄明かりでも顔の識別はできる。6組のバンドの競演。一番奥の隅に小さいテーブルがあり、灰皿もある。ドリンクを手にそこに陣取り、タバコ。観客や出番待ちのメンバーが近くで立ち話をする。どこのおっさんと目を向けるが、気にすることはない。息子も近くを通るが、親と気づくこともない。最初効き目を心配していた。効いていると確信してからは安心。単なる観客としてライブを楽しんでいた。息子であれば、一挙一動気になるが、他人目でボーと大音響に身を委ねる。

偽装スプレーがその秘密。知り合いを見つける前に出す親しみ視線をかわし、他人に偽装してしまう代物。他人が目を向けても、親しみ視線ではないので、そこにいるのは他人。知り合い視線さえ偽装してしまえば済む。
取り扱いには注意が必要。こちらから親しみ視線を向けない。向けると、相手も感じて向けてくる。わかってしまう。もちろん、視線を交じ合わせてはいけない。

終わる前に見つからないように会場を抜け、車で会場の前に。携帯電話が鳴り、ギターを抱えた息子がドアを開ける。悪いねぇ。はいはい。格好良かったよ、という言葉を飲み込む。打ち上げでもあるんだろう。乗って帰るわけにはいかないよね、じゃあ。メンバーのほうに戻っていく。親が観ていたとは疑ってもいなかった。

12月 22, 2008 ショートSF | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月 6日 (日)

オフセットマシーン  -ショートSF-

過去を消し去ることができない。仮に記憶から葬り去ったつもりでも、不意に蘇ることがある。忘れていても関係者が覚えていて、話ししている最中にふと災難のように降って湧いてくる。
そんな消し去りたい記憶をすべてなくしてしまうマシーンがオフセットマシーン。時間と空間を指定してオフセットボタンを押すだけ。何もなかったことになる。現在にはまったく影響しない。

昨夜の飲み会で、つまらない話しから喧嘩になった。消してしまったほうがよさそうと、試してみる。正確に時間を指定するのに手間取る。記憶を辿り、開始日時と終了日時を秒までセット。どうしてもあやふやになるので、少し幅をみて指定。
空間の指定では、まず中心地点をマップで指定。緯度・経度が決まる。エリアは直方体、球などのほか、人物や建物などで指定することができる。飲み会メンバーを指定する。名前などをわかる範囲で入力。最後にオフセットボタンで消去。

確かに消し去ったことは覚えているが、何を消したのかは記憶にない。メンバーに確かめてみた。その時間帯のことを思い出せないようだ。ただ飲み会後の後味の悪さだけは引っかかるようだった。ほかのメンバーも同じ。話しの途中がすっぽり空き、続きがないまま会計の時間を迎えたらしい。

1月 6, 2008 ショートSF | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月27日 (木)

ネームプレート -ショートSF-

はい、こちらは自然動物園です。動物の放し飼いで、ご覧ください、この見学者の数です。時間によって入場制限され、入り口で待機している人が多いですね。人間さえ危害を加えなければ、動物は実に大人しいもののようです。
こちらにいるペンギンは、これから約1時間、園内を自由に動き回ります。子どもが近づいて来ました。逃げませんね。おや、握手していますよ。

飼い馴らすには、だいぶ時間を掛けたそうです。こちらは、飼育係の佐藤さんです。
ここまで人間に馴れるまで、だいぶご苦労されたようですね。
はい、だいぶ時間がかかりました。人間の動きって不可解なものなのでしょう。はじめは、怖がっていました。

ところで、動物たちに付いているこれは、何でしょうか?
ネームプレートです。1匹ずつ愛称が付いています。見学の方に呼びかけてもらえば、応えて近づいてきますよ。ハナコッ!
おや、カンガルーが来ましたよ。名札は? 確かに、カンガルー、ハナコ、3さい(メス)、と書いてあります。

餌あげていいのでしょうか。
ええ、かまいません。嫌いなものは食べません。好き嫌いは当然です。
鹿が来ました。トミーって読めます。トミーー。
来ました、来ました。名前を呼ぶだけで、近づいてきますね。ネームプレートにトミーと書いてあります。
こんな名前の動物、いるんでしょうかね、タロウー。
子象ですか、タロウーって名前は。タロウと書いてあります。

動物がネームプレート下げて、あちこちと動き回っています。不思議な光景です。まるで、そのまま立ち上がって、人間がオフィスを歩き回っているようです。

12月 27, 2007 ショートSF | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月22日 (土)

生きるためのレシピ -ショートSF-

【材料】
・食パン2枚
・ドラゴンのツメ
・ガマの油
・僻み根性
【調理】
1.トンカチでドラゴンのツメを、「あいつめっ、こいつめっ!」と力いっぱい叩き、細かく砕く。
2.食パンの耳を取り、「コノッ、コノッ!」と思いっ切り千切りまくる。
3.千切ったパンにドラゴンのツメをまぶし、ガマの油を加え、ニュルニュル、グチャグチャにこねる。
4.取り出した僻み根性を、3のパンで包む。漏れ出ないようにしっかり両手で押さえながら包むのがポイント。
5.180度に熱したフライパンに4を入れ、フタで抑え、思いっ切り強火で加熱する。跳ね出そうとパンパンと音がするので、フタをしっかり抑える。火傷に注意。
6.約10分焼き、跳ねなくなったら、火を消す。30分ほど冷ます。
7.焼き上がった黒こげを、生ゴミに捨てる。
8.ミスチルの曲を聴く。

12月 22, 2007 ショートSF | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月21日 (日)

安請け合い禁止法案 - ショートSF

政府の予算執行者が悲鳴を上げていた。執行事業がすべて入札に変わっただけで事務量が3倍増。入札業者が増えた。随意契約なら、これまでの信用度と上司の癒着度を勘案していれば済む。上司がろくに見もしないで書類にハンコ押していた。ときに上司のお気に入りの業者を排除する。もちろん、たしなめられる。わざとやったこと。ごもっとも、ごもっとも、と持ち上げれば、権限行使にプライドを納得させた上司、君もまだまだ尻が青いね、などとご満悦。この勘どころさえ抑えていれば仕事になっていた。

公開入札になって業者の資格チェックの事務量が増えた。当然資格ありとウソの書類を作り上げてくる。専門技術がなくても、やればできる、といい加減な履歴を並べる。ウソなのか、他社の業績に部分的に関わったのか、吟味するのは至難の業。何度も書類を出し直させ、やっと有資格とする。有資格になったからといって、手を抜くわけにはいかない。技術者の退職、提携業者との断絶……資格有りの翌日から業態を変える業者までいる。専属の追っかけマンも呆れる日々。

そこに降って湧いた安請け合い禁止法案。正式名称は、「下請けを排除し事業を直接受託執行させる法」。入札する業者が下請け業者を使うことを禁止し、直接事業を執行させる法案。下請け・孫請けが発覚した場合、ペナルティとして入札金額の10%で下請け業者に支払うことを義務付けた。罰金が国に入らず、下請け業者に回る。

これまで下請け専門に仕事を受託していた業者は大喜び。元請け会社に密かに下請けを依頼し、内部告発で元請け業者を訴える。発覚すると、ペナルティの金額が入る。下請け業者の営業マンは、内部告発のタイミングを計っていた。
はなからパススルーで利ざやを稼ごうとしていた元請け業者は、相次ぐ内部告発で次々と倒産。ペーパーカンパニーも表に出なくなった。政府系の窓口スルー団体もやむなく解散。この法律の目的、下請け業者の保護が達成される。

元請けとの絆が切れ仕事が減った下請け業者は、入札に参加することになった。これも法律の狙いだった。実質的に業務を遂行している業者がおもてに登場。我も我もと資格審査に名乗りを上げる。中には誇大妄想のように業種を拡大し、なんでもござれと間口を広げる業者が雨後の竹の子のように登場。確かに専門家を雇い入れればできることは事実。だが、入札が通ってから雇い入れるつもり、などと可愛い弁明。審査では、何でもござれの業者は、即排除。子会社を使うことミエミエ。隠れて下請けを使うことを前提にしている業者まである。このあたりの審査が審査官の腕の見せ所となる。

元請けが事業執行で、責任が明確になった。手抜き工事や軽率ミスがなくなる。ミスの責任たらい回しもなくなる。業者が鬼気として仕事をするようになった。仕事も速い。

10月 21, 2007 ショートSF | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月23日 (日)

癒やし電車  -ショートSF-

ただいまからオゾン冷房を入れます。お近くの窓が開いておりましたら、締めていただきますようお願いします。
車内で流れたオゾン冷房開始のアナウンス。夜12時過ぎから終電までで実施が始まった。夜半にもかかわらずギュー詰めの電車。仕事疲れ、飲み疲れ、遊び疲れで、力なく揺られて消耗の極地を降車駅までただただ我慢。ときに酔っぱらいが吐く酒臭い息に疲れが増す。若者は携帯ゲームでやり過ごすものも多いが、30歳を過ぎると、最後のエネルギーを吸い取られるような満員電車。増便を訴える声が高まっていた。そこにあらぬ方向からオゾン冷房車の登場。癒して不満解消が狙い。

わずかにオゾン水が混じった空気を冷房で流す。噴霧されたオゾン水が冷房効果を高めるだけでなく、疲労回復、汚濁空気の除去などに効果があると知られ、実験が繰り返されていた。人体に悪影響がなく、逆に体や頭の疲れに効果的との結果が出てから、電車での運用されるに至った。

爽やかな冷房風が少し湿気っている。しばらくすると、霞んで読みにくくなっていた本の文字がはっきり目に入ってくる。目のショボショボが消える。頭もスッキリ、体も少し軽くなった気がする。相変わらず電車は混んでいるが、周りを疎ましく感じることが減る。仕事疲れが回復し、駅からの自宅までの歩きが苦にならなくなる。疲れが取れるまでとはいかないが、元気が出ることが明らか。食欲も回復し、夜食が楽しみになる。帰宅電車で適度の疲労回復が計れる。鉄道会社も粋なことをはじめたものだ。

9月 23, 2007 ショートSF | | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年9月16日 (日)

おべんちゃら ショートSF

落ち着きなくそわそわしている様の意。現代口語「ちゃらちゃらしている」に通じる。

江戸元禄の泰平な時代、奈良・縁籐寺の辯(べん)和尚は、世俗を離れた高尚な僧侶と世評を博していた。深遠なお説教を拝聴しようと、多くの信徒が寺を訪れた。僻みやすい世俗からは口数だけと蔑まれたが、意に介しない辯和尚。仏典から説き起こされる宇宙大の輪廻思想と、現代遺伝生物学に通じる流転思想を開陳していた。
儒教的な世俗の倫理思想に物足りなさを感じる町民や一部武士層に支持され、静かなブームを呼んでいた。

あるとき、いつものように目を閉じて語る深遠なお説教が終わったところ、聴取者から質問が出た。生命の輪廻とは数的に同じなのか。ネズミを見ると、急激に数が増えている。増えている生命の由来は?
辯和尚、語る。生命は無形なものゆえ、物理的な数という概念に馴染まない。数的なものの見方こそ、輪廻と相容れないもの。ものを燃やすと一見消え失せてしまうが、この世の人に見えないだけで存在する。存在は即非存在、非存在は即存在。現認できる有り様のみに目を奪われてはいけない。数値化できる存在を計算することは、世俗的な学問の世界に任せればよかろう。思念の広がりにこころを任せよ、と語った。そこにネズミが1匹飛び出した。ネズミ嫌いの和尚、慌てて立ち上がろうとし、痺れた足で横倒れした。驚いたネズミは、和尚に飛びつく。手を振り、足をばたつかせ、ネズミから逃れようとする和尚。ネズミはどこぞに去り、一難去った。

それ以来、ネズミを見ると、落ち着きなく逃げ腰になる和尚。その様は、人々の噂に上り、「おべんちゃら」とあだ名されることになる。

9月 16, 2007 ショートSF | | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年9月10日 (月)

落ち葉の枚数が多い -ショートSF-

落ち葉の枚数なぞ、数えているものはいないはず。ましてや、葉っぱの枚数と同じかどうかなど、見抜きもしない。当然同じと誰も疑わない。あほらしいと決めつけられるので、こっそり確かめていた。
どうも、落ち葉の数が多そう。きっと葉っぱのカウントがいい加減なのだろう、と正確を期して計測してみた。

近くに同じ種のない1本の木を、芽の出る春先から落葉が終わる初冬まで、ほぼ1年撮影してみた。地面からおよそ45度ごとに撮影。さらに、近くのマンションやアパートから立体的に撮影。ほとんどの葉っぱ、落ち葉を撮影した自信がある。3Dグラフィックソフトで、立体的な木に構成し、マーキングした。木に生えている葉っぱは重なっていたり、隠れたりと手間がかかる。すべて手作業。隠れている葉も克明に調べたので、1本の木の葉っぱを数えたはず。毎日成長しているから、見方によっては同じ葉っぱをマーキングしている可能性がある。つまり、マーキング数は実数より多いはず。
落ち葉はできるだけ広範囲に撮影。風に飛ばされたりするので、全数とはいいがたいが、これも毎日マーキングして確かめた。やはり、落ち葉の数が多い。

原因を探りながら、正確に計測できるように、実験農場の一角の木を囲いで覆い、カメラを取り付けてカウント。毎年毎年、ほぼ同じ割合で落ち葉が多い。約3パーセント。生物学や植物学の研究者に尋ねても、笑いもの。相手にもしてくれない。まあ、当然だ。

疑心暗鬼で10年近く、ほかの木も計測しながら研究してきた。確かに落ち葉の数が多い。

一方、原因の特定は遅々として成果がでなかった。あるとき、光学3次元スペクトル分光器で調べてみた。2次元スペクトルは虹色に分光されるが、3次元スペクトルは光の揺らぎで現れる3次元波長を観測できる。2次元スペクトルで解析しても、光をすべて解析したことにはならない。

3次元スペクトル分光器で撮影した葉っぱを眺めていた。葉が重なり光の陰になって何もないはずのエリア。よく見ると、葉の形をした緑透明色の縁がかすかにある。葉が重なった陰を探すと、ほかにも緑透明色の縁。通常人間の目では見えない。もしかして、この緑透明色の葉が枯れると、通常の落ち葉と同じようになるのか?
葉が緑に見えるのは、葉が緑を吸収し、緑が欠けた光を目が取り込んでいるから。ならば、緑透明色の葉は、人間が見ることができる色をすべて吸収してしまうことになる。透明色を見つけたようなもの。

木に登り、ここあたりと目星を付け、葉を探ってみた。見えないが、確かに葉っぱ、透明色の葉が触れた。1枚もぎ取って、形を確認。間違いなく葉っぱ。嬉しくなって、頬ずりしたり、なでたり……。しばらくなで回していると、養分の切れた透明葉が少しずつ色を出し、うっすらと見えてくる。この葉も、秋には落ち葉になる。

透明葉の発見とは、可視光を吸収する物質の発見。この葉を研究すれば、透明色を作り出せる。落ち葉の枚数を数えている暇などない。

9月 10, 2007 ショートSF | | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年7月29日 (日)

梅雨日 ショートSF

気象衛星やIT化で、天気予報の確度がアップしていた。長期予報こそ低いが、週間予報は以前に比べ精度が上がっていた。スーパーコンピュータを使った地球シュミレーターで、全地球的な気象現象を把握できるようになっていた。
すでに気象情報が有料化されて久しい。ビール業界や家電業界だけでなく、ピンポイントの地域イベントでも活用されていた。

四季の変化に敏感な日本では、気象予測が外れると一大事。2~3日外れるだけで、総スカンを食らう。きょう1日晴天でしょう、と爽やかな気象予報士が、きのうはごめんなさい、夕立で立ち往生の方もおられたでしょう、と平身低頭。
特に、猛暑、冷夏、暖冬などの長期予報が外れたり、梅雨入り、梅雨明けなどの宣言が外れたりすると、これ幸いと抗議が殺到する。数日前に梅雨入りしていた、などと予報とは縁もない宣言がされることも起きていた。

宣言に慎重になるのは、わけがある。そもそも自然現象を予測するのは、難しいもの。エルニーニョ現象やラニーニャ現象などの異常気象も手伝って、さらに困難を極める。予測しにくいのなら出さない方がよいのだが、予測を期待している声が大きい。気象予報を出さざるを得ない。

頭を抱えた気象庁は意を決した。猛暑予報や梅雨明けのようなニュースネタになる宣言を止め、代わりに1日の特徴を出すことにした。夏日や真夏日などと。25度越えると夏日、30度以上で真夏日。35度以上なら、猛暑日……。
梅雨入り、梅雨明けを宣言しない代わりに、湿度80%以上で梅雨日、湿度50~80%で五月雨日……。

天気予報が変わった。きょうは梅雨日になるでしょう。週間予報も、週の前半は真夏日が数日続き、後半は梅雨日になるでしょう。長期予報もなくなり、8月前半は真夏日が数日続き、数日の梅雨日をはさんで、猛暑がぶり返すでしょう。外れても、昨日は猛暑日ではなく真夏日でした。謝らなくて済む。おかげで、季節の変わり目がなくなり、季節変動のダイナミズムが失われてしまった。何となくジメジメしているから梅雨、カンカン照りだから夏……。天気予報への関心も薄れ、気象庁の縮小も囁かれ出した。

7月 29, 2007 ショートSF | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年5月13日 (日)

話が変わる本 ショートSF

久し振りに出かけた古本屋街で見つけた小説。出だしが面白いので買い、帰りの電車で読んだ。二十歳前の青年が古本を手にしたところから話は始まる。一人称で日常の生活や学校での出来事が淡々と綴られている。家族や友人、先生への思いなどを織り交ぜながら話は進む。

忙しいこともあり、2日ほど開かなかった。しおりのページから読み進める。そうだ、学校の食堂で友人と会話しているところだった。で、この友人って確か前に出てきたはずと前のページをめくった。確かこの当たりと読むと、まったく記憶にない話。こんな個所読んだかな。主人公がポジティブな性格でバンド組んで仲間と路上で演奏している。そんな話ないはず。さらに戻ってみた。確か家族は5人だったはず。なのに祖父母も同居して三世代家族。変。

しおりがあったはずのページに戻った。ページをめくっても学校の食堂で、昔の友人を思い出しながら語っているシーンがない。路上演奏が終わった夜半、友人とCDデビューの件でもめているが、あの内向的な真摯なまなざしはなく、成功に焦っている。2日前に読んだ話はどこにあるのかとめくってもそれらしい話はない。

性がないので、はじめから読み始める。青年が古本屋で手に取ったものは20年以上前の楽譜。ハードなロックに心酔している。どうも本をまちがえたようだ。家に着いたら確かめようと、そのまま読み進める。

家に着いたらすっかり忘れていた。カバンに入ったままの本を開いたのは翌日。またしおりのページを開く。デビューの件で相変わらずもめていた。なぜそんなに焦るのか。確か訳があったはずと、前に戻ってみる。すると、また、話が違う。学生には変わりないが、母親から捨てられたことが原因のようで鬱々としている。バンドやっている学生はどこに? とまたページをめくった。音楽の話など出てこない。女子学生との付き合いが下手で、うまく会話を継続できない男の話。子どもを捨てて出て行った母親が遠因のようだ。でも、一番最初の学生でもなければ、バンドの学生でもない。主人公が違う。今日読み始めたページに戻るが、そこにはCDデビューの話はない。女性に声をかけられ、慌てている姿。話もできないまま、学校をあとにする。変な話だが、文字はそう書いてある。読む進むしかない。

翌日、昨夜の続きを読んでいるうち、やはり前に戻ってしまった。すると、アルバイトに精出す学生の話に変わっている。金を貯めて世界旅行を夢見る学生。誰、これっと読むが思い出せない。

5月 13, 2007 ショートSF | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年5月 1日 (火)

クイズ3人に聞きました ショートSF

みなさん、こんばんは。「クイズ3人に聞きました」の時間です。司会の関田です。
さっそく第1問です。
ゴールデンウィーク真っ最中ですが、新宿で、50代3人に聞きました。
5月1~2日は何をしてますか?

先行、渡辺さんチーム、どうぞ!

休んでごろ寝!
(アル!アル!)

はい、1人。
それでは、相田さんチーム。

仕事!
(アル!アル!)

ジャン、2人。
怖ろしいですね。休みの人は33%で、仕事の人はなんと67%です。お疲れ様です。

5月 1, 2007 ショートSF | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月14日 (土)

月並み  ショートSF

古今東西、月の周期的な動きは人を魅了して止まなかった。東洋では、長らく太陰暦が使われ、いまでも採用している国もある。クレオパトラ、楊貴妃、小野小町の世界三大美女も月を愛でて、「あわれ」を表現する代表名詞にもなっていた。かぐや姫が月の世界に帰る悲しさは、人智が届かぬ遠い世界を愛で悲しむものとなっている。月にまつわる美女伝説は枚挙にいとまがない。美しさを表現する例えとして、月を持ち出すのは自然な成り行き。形が変わり、如何様にも変化するが、また同じような形に戻る。季節に応じてその様相が異なり、眺めるに飽きがない。闇をほのかに照らす不思議で異様な存在。円という完結の構造を持ちながら、時に扁平になり、細身の三日月で笑ったり怒ったり。女性に想いを募るものがいれば、そこに月がある。月とは美女の代名詞となっていた。

俳諧が流行った江戸時代から、美女をわびさびに絡めて詠う定例の会を、「月並みの会」と称した。女性の美しさ・いとおしさを月にたとえることがテーマ。美しさは凡庸では適わない、月のようでなくては……と意を込めて、「月並み」が美女の代名詞となった。月のように光り輝き、神々しく、しかも手の届かない神秘的な女性。月並みの女性といえば、胸焦がす魅力溢れる存在。しかも、大奥にいて簾越しにしか垣間見ることができないような女性ではなく、町の中にいて衆目美人と崇める存在。

長らく俳諧の世界では、裏季語と呼ばれる月と女性に関わる季語があり、その筋の人にのみ通じていた。ただいかんせん、定型化と背中合わせ。美女は時代によって形容が変われど、表現はマンネリ化してしまう。美女が平凡になってしまう。このことに危機感を抱いた、女性敬愛の俳人・正岡五騎。美しいのは美女だけでなく、女性一人一人が美しいのだ、表現する対象を愛おしい女性一人一人に当て、個性溢れる表現を謳歌しようと提起。「月並み」を美女の代名詞から、女性のそこはかとない美しさ・いとおしさを表現することばと再定義しようとした。女性なら誰でもいいのだ、という悪評も立ったが、朋友の夏目総山は新聞などで、月並みとは月のような美しさを指す、美の代名詞と訴えた。マスコミに多大な影響力があった夏目の言説が流布し、以降「月並み」は女性の可愛らしさ、美しさ、可憐さを表現することばとして定着することになった。

4月 14, 2007 ショートSF | | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年3月 3日 (土)

ショートSFとは  ショートSF

さっそく、私、妖の出番ですよ。頭の固い作者になりかわって、わかりやすくお話ししてみますね。
それでは、まずはじめに「ショートSF」を紹介しましょう。

ネット辞書によれば、壮大なウソの意。簡潔さを目指していたら、ウソ八百が宇宙大に広がり、ウソで充満した状態、だそうです。クソじゃないですよ。クソが宇宙に充満したら、汚くて気色悪くなりますね。あらっ、嫌だわ。すぐ下ネタにいってしまう、私の悪い癖がさっそく出てしまいました。恥ずかしーい。ごめんなさい。

SFは、Shoji Fictionの略。作者のいい加減さ、想像力の貧困さを言い得て妙な略ですね。ウソ偽りを並べて、相手を思うつぼに陥れ、ほくそ笑んでいる姿が思い浮かばれますね。イヤラシーのひと言に尽きます。

Special Fantasyの略っていう人もいます。いかにも真実らしく夢を広げ、ファンタジーの世界に引きずり込む手法ってことでしょうか。心温かい空間を創り上げ、脳のコペルニクス的展開を図る画期的な描写法らしいです。作者って、とにかくファンタジー好きで、高じて若い女性には目が潤んでしまうって性格ですからね。困ったものですよ。私というものがいるのに。

Science Fictionの略って語る方もおられます。空想科学小説って、鉄腕アトムがいた時代の産物でしょうね、この略は。現代では、浦沢直樹さんのプルートウ( PLUTO)で再生を果たした伝説のロボット、アトムがわかりやすいでしょうか。はなし脱線しますが、プルートウって、結構怖い話ですね。 浦沢さん、人間の裏を重く描くのが上手で、のめり込んでしまいます。

あらっ、易しく話しようとしているうちに、訳わからなくしちゃいましたね。作者の影響でしょうか。
今日は、こんなところで、またお邪魔しますね。

3月 3, 2007 ショートSF | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月24日 (土)

バーチャル・キャラクター ショートSF

- あなたは、おっちょこちょいです。
突然、検索サイトの画面に現れた文面。動いているのは、きっとぼくの3Dアバターのつもりか。

- 落ち着きがなく、早とちりの上、慌ただしく仕損じが多いです。ひと呼吸おいて、冷静に判断しましょう。
- 我慢強く、こだわりが強く、諦めずものごとを突き詰めようとするのは秀でています。余裕を持ってものごとに向き合えば、少しずつ成果が得られるはずです。

これって、当たっている。何これっ。人の性格を言い当てている。占いなどした記憶がない。性格診断など嘘っぱちと相手にしていなかった。なのに、勝手に出て来た。

この動いているアバター、似ている。せっかちな動き、ゲジゲジ眉毛で神経質そう。苛立ってちょろちょろ動き回っている。どこでこんな絵柄にしたのか。絵が下手だから、ネットで描いたこともない。あっ、笑っている。半分バカにした笑い。おれ、そんな顔しているの? 嫌なやつ。

思い当たる節がある。同じ検索サイトを頻繁に使っていた。キーワード入力しては、結果の一覧画面をすぐスクロール。開いては閉じて、別なキーワードで検索。件数が多いと、絞り込もうと、次々とキーワードを増やしていた。検索サイトの画面に戻るのも速いはず。探しているものも、いろいろある。でも、探している傾向を探れば、何を調べているのかがわかるのか。

- これからは私にお任せください。あなたのことなら、わかっています。いま欲しいものって、疲れ知らずのウオーキングシューズ。食べたいものって、越前ガニでしょう。のんびりと温泉に浸りたい、でしょう。それと、忙し振る性格を直したい、でしょう。

アバターが話しはじめた。おいおい、どこでそんなことわかるんだ。君は、勝手に俺のやりたいこと、先取りするんじゃない。えっ、シューズ専門店のサイトを開いている。お勧めのシューズを差し出した。買えっていうわけ? そんなせっかちな! 君、落ち着いて判断しましょうって忠告していたじゃないか。

2月 24, 2007 ショートSF | | コメント (0) | トラックバック (3)

2007年2月14日 (水)

朝給食 ショートSF

今日から学校では、昼食のほかに、朝食も給食になる。朝食タイムを取るので、始業時刻が30分早くなり、8時に着くように家を出ることになった。朝起きた子どもたちが、手持ちぶさたそうで、テレビを見ながらしばらく時間をつぶし、行ってきまーす、と出かけた。

朝の給食は、パン食が中心。調理師さんが大変。さすが現代。パンもコッペパンや食パン、ということはない。フランスパンや、調理パンなど、飽きさせない努力で子どもの食欲と目覚めを誘う。温かいスープに目玉焼き、フルーツヨーグルトなど。腹八分目になる分量。朝食のあと、休み時間をはさんで1時限目が始まる。

食生活の時間帯が子ども、大人に限らず、かなりスライドしていた。子どもの就寝時間が遅くなり、結果、朝起きるのが遅くなる。家で朝食を摂る時間がなくなり、コンビニで菓子パンやおにぎり買って、道歩きながら食べる。教室に持ち込んで、授業前に食べることもある。朝食を摂らなくなった子どもも多い。大人も、朝食は会社に着いてからか、途中のファーストフードでハンバーグなどを買って始業前に食べている。社会全体で朝食を摂らない情勢になっていた。

貧困な食生活は、子どもの成長だけでなく精神状態にも芳しくない、と政府が宣伝していた。でも、いっこうに朝食を摂らない。そこで、子どもだけでも朝食を、と朝給食の導入が決定。子どもは、学校で朝・昼、給食ですます。夜は、学習塾や予備校があるため、途中のコンビニやファーストフードで済ます。夜9時過ぎに夕食が始まる。生活の時間帯をずらさないで、食生活を健全にする方法を採用した。
やっと貧困な食生活から子どもたちを守ることができそうだ。

2月 14, 2007 ショートSF | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月 5日 (月)

裁判員 ショートSF

裁判所からの書留が届いた。証人喚問か、それとも決定通知か。怯えながら開封する。裁判員に選任された通知だった。この忙しいのに、そんな余裕はどこにもない。さっそく電話する。国民の義務ですから、必ず出席してください。それはないでしょう! 立て続けに仕事があって超多忙なんです。何とか辞退したいのですが……。国民の義務です。そこを何とかなりませんか? 法に触れます。にべもない。

担当するのは、マスコミでも大きく取り上げられた隣家殺人事件。隣近所の諍いが高じて殺人事件にまで至った猟奇事件。巷で困ったもんだ、と話す分には後腐れがないから許されるかもしれないが、よりによってこの僕が裁判員。元来常識など持ち合わせていないし、法律などかじったこともない。その上、仕事が佳境。電話で埒があかないので、時間を作って裁判所へ。強面の事務官が応対。電話で相談した相手と同じ。ほかの人いないのか。

どんなに忙しいかを説明しても、返ってくる言葉は同じ。お袋が病気で看病に大変、とウソを並べてみた。それでは、そばで看病する必要があることを証明する書類を用意してください。えっ、忙しいからそんな時間ありません。では、無理です。私も辛いんです。ほとんどノイローゼで、何とか電話に面接に……とフル回転なんです。同僚はみんな、休職か入院です。上司はほかの仕事で見向きもしない……。あなたの辞退を採用したら、ほかの人をまた説得しなくちゃならない……。裁判が始まらないんです。私の身にもなってください。

さすがに、この泣き脅しには参ってしまった。でも、1~2か月に1回とはいえ、弁護側が精神鑑定などで引き伸ばしに入れば、1年以上拘束されてしまう。あなたの気持ちもわかりますが、辞退します。それでは、ここに辞退の理由を書いて判を押して送ってください。裁判所から略式起訴となります。もしかしたら本起訴になり、裁判となります。罰金刑では済まないかもしれません。裁判になれば、数回足を運んでもらいます。もちろん代理の弁護人を選任されてかまいません。長くなれば1年以上かかります。仕事が忙しいといっていられません、被告になるんですから。それに費用も多額です。それなら、裁判員を受けた方がお得ですよ。

2月 5, 2007 ショートSF | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月30日 (火)

視聴力調査 ショートSF

視聴率競争に明け暮れ、1%に喜怒哀楽していたテレビ業界が、遂に重い腰を上げた。この間、世間から袋だたきだった。ヤラセが横行し、情報のでっち上げがまかり通っていた。制作会社は、視聴率のためなら何でもあり、という悲惨な態勢を取っていた。

視聴者も怒り心頭。これって、ヤラセよね。あれはウソでしょう。テレビを見ながら、こんな会話が家庭に、学校に、会社に、街角に溢れていた。公共放送という体を為していなくなって久しい。ウソのない良質の番組を味わいたいという切なる願望に、テレビ局も応えることになった。

見ていて面白いテレビ番組なら、釘付けになる。良質の番組は、最後まで見てしまう。こんな当たり前の話が、やっとテレビ局で語られるようになった。
そこで、何人見たかではなく、番組をどれだけ長く見たかを計る。それが視聴力調査。
これまでの視聴率調査で使った機械をそのまま利用できるという。調査結果の集計を変えるだけの話。

1時間のドラマ。つまらなければ、ほかのチャンネルに変える。10分しか見なければ、60分の10、16.7%の視聴力となる。1時間チャンネル変えずに見たら、100%、100点満点だ。単純明快。番組の質が問われることになる。

テレビ局も制作会社も、視聴者の目を離さないように、良質の番組を作るようになった。ウソやヤラセで評判を落とした番組は、途端に視聴力が落ちる。タレントがオーバーアクションで騒いでばかりのバラエティーショーは飽きられる。

最近のテレビ視聴って、チャンネルをよく変える。見逃してはいけない番組が複数ある場合、CMが入ると、すぐ他局へ。でも、CMが終わって戻ってくれば、番組見ている時間は継続になる。サッカーのゴールシーンや終了間際にチャンネルが変わっても、戻ってきたら、メインは元の番組となる。どれだけ長いこと、その番組を見ているかを計る。

番組作りが変わった。ドラマのテンポが速くなった。とにかく飽きさせない努力が必要とCM並みの力の入れよう。ゆったりとしたドキュメンタリーも深みに入り込んでしまうように荘重になった。番組の特徴がはっきり出るようになり、誰に向けて番組作っているかが明瞭になった。

困ったことも発生。テレビ点けっぱなしのまま居眠りも、100%。つまらなくて寝てしまったのに、視聴力は満点ということになる。そこで、チャンネル変更が2時間以上ない場合、集計に入れないことになった。その結果、ダラダラとつまらない長時間スペシャルがなくなり、番組改編期の長々とした新番組宣伝番組も消え失せた。

まだ始まったばかりの視聴力調査。今後こそ、良質かどうかが問われる時期に入ろうとしている。

1月 30, 2007 ショートSF | | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年1月22日 (月)

シワ取り器 ショートSF

朝、眠い目をこすりながら洗面所で鏡に向かう。目がはっきりするにつれ、いつもと顔が違っているよう。目を凝らして見る。目元、おでこ、頬、あご……。シワが増えた気がする。蛍光灯の青い光が陰影を増幅し、思いのほか年とってしまったよう。顔の照りは、健康と年齢のバロメーター。ファンデーションでテカらせることもできるが、シワは隠せない。

やはり若く見せたい。シワを刻んだ顔は、年不相応。誰だって若いといわれたい。それなら、シワをなくせば……と、シワ取り器を使ってみた。

このシワ取り器、原理は簡単。シワは皮膚がたるんでできる。なら、たるんだ皮膚を突っ張らせて、シワをなくそうという代物。皮膚の細胞を活性化するテープをシワに張り、ドライヤーで薬効を高める。1か月継続すると、シワが取れてしまうという画期的なもの。

まだ試供品の段階だが、試してみた。徐々に顔が突っ張りだし、そのうちシワが消えてくる。1か月もすると、だいぶ精悍な顔になる。若い頃の照りこそ戻らないが、シワのない顔ははるかに若やいで見える。若返りましたね、と同輩に声を掛けられ、満更でもない。顔が若やぐと、気持ちも軽くなる。

確かに若くなった気がする。気持ちだけでなく、最近の記憶がだいぶ薄らいで、若い頃の記憶が昨日今日のように蘇る。ここ10何年の記憶が不確か。認知症かと焦り、メーカーに相談した。

やっぱりねぇ、記憶が薄らぎましたか。顔のシワを取ると、気持ちだけでなく、記憶も若返ってしまうんです。だから、若返り器で商品化しようとしたのですが、顔のシワだけで体力などは変わりないので、単にシワ取り器としたんです。
最近の知見では、シワは脳の襞と関連があるらしいんです、それでしょうね。シワを取ると、相関している脳の襞もなくなるようなんです。襞には記憶が織り込まれていて、なくなった襞にあった記憶がなくなる。もちろん、記憶は他の部位にコピーされたり、他の部位と刺激し合って形成されるので、まったくなくなる訳じゃないんです。それで、認知症のように記憶を思い出せないことになっているのでしょう。

なんだ、人体実験だったのか。顔のシワは元に戻ってもいいから、記憶を戻してよ。
脳の回復力って素晴らしいのです。大丈夫でしょう。年ですから、シワ取り器の使用をやめれば、元のシワが出てきます。これに伴って、脳の襞も回復し、記憶が蘇ってくるはずです。
やっぱり、失敗作でしたか。シワ消せると喜んだのですが、記憶までなくなるとはねえー。シワって、人生を刻んでいるんですね。

1月 22, 2007 ショートSF | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月15日 (月)

自己責任法 ショートSF

 人間は、多数の人間との関係で成り立っている。いかなる場面でも、関係の場が成立しており、自覚あるいは無自覚であっても、さまざまな場に立脚して関係を作っている。関係の場に存在する人間は、自己の責任において、行動あるいは表現を行っており、あえて責任の多寡を問うものではない。
 個人の責任は関係の場で果たされるものであり、その責を個人のみに帰すことは当たらない。
 ここに、豊かな人間関係を創造すべく、自己責任の有り様を明確にするため、この法律を制定する。

(自己責任の有り様)
第1条 個人は関係の場で成り立っており、個人の行動あるいは表現は、個人に帰属すると同時に関係総体の財産でもある。よって、結果の如何に関わらず、関係総体でその責を負うものである。もちろん、個人はその責任を免れるものではない。

(自己責任の処し方)
第2条 行動あるいは表現を行った個人は、等しくその責任を負うものである。

(関係総体の責任)
第3条 関係の場では、個人の責任の多寡を問うことは当たらない。関係総体の責任に鑑み、一方的に個人の責任のみを指弾することも当たらない。

(責任転嫁)
第4条 豊かな人間関係を創造すべく、個人への過度の責任転嫁は慎まなければならない。関係総体を標榜して、個人にのみ責任を転嫁させてはならない。

(自己責任の強要)
第5条 自己責任を強要してはならない。

1月 15, 2007 ショートSF | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月 5日 (金)

プラス思考帽子 ショートSF

この頃かなり憂鬱な日々が続いていた。やることなすこと、すべて裏目に出る。健康にいいだろうとマラソンを始めた途端、捻挫。障子を貼り替えて気分一新と張り切って水洗いしたら、力余って枠がポキッ。奮発して外食と意気込んだら、どの店も満員で、結局コンビニ弁当買う羽目に。

そのうち何をするにも、ダメじゃないか、無理だよと諦めるようになった。こりゃまずいと、大枚はたいてプラス思考帽子を買った。期限1週間のもの。かぶってから1週間、マイナス思考が消える。あくまでプラス思考になるだけで、実際いいことばかりに巡り会えるわけじゃない。でも、落ち込んでばかりよりはマシと、さっそく使ってみた。

どうせ込んでいるから家で食べよう、という反対を押し切り、いやちょうど客が出る頃合いのはず、待たなくても席に座れる、と言い切った。店に入ると、タイミング良く、4組の客が次々と会計。待っていた3組だけでなく、僕らも席に案内された。さすがプラス思考帽子。運まで味方した。

調子に乗って、親戚回りに出かける。道路込んでいるから電車で行こうと声を尻目に、ドアツードアが便利さ、と車で。数珠繋ぎの反対車線を横目に、スイスイ進む。してやったり!

一般に、マイナス思考は前頭葉の奥で左右のバランスが崩れ、右側に片寄った現象。左側のシナプスの活動が停滞すると発症する。プラス思考帽子は、活発な右側のシナプスの活動を抑えてしまう。結果、両方のシナプスの活動が停滞するが、相対的に左側が右側より活発になり、プラス思考に転ずる。期限1週間の帽子では、1週間で左右のバランスが通常の状態に回復するので、効果がなくなる。

マイナス思考、プラス思考といっても、ものの考え方にはさまざまな側面があり、何がプラスかは個人差がある。もちろん、度合いも個人によってかなり違う。このため効果も人それぞれ。何でもハッピーに考えられるようになったという人は、躁状態で帽子をかぶったのだろう。薬ではないので、それほど極端な効果を期待できない。

いろんな人から文句が出て、だいぶ悩んでいた。うるさい、と叫びたくなるほど。やる気も失せ、考えるのも億劫になっていた。帽子をかぶったら、不思議。また人のやることに文句かと相手にしていなかったこと、よく考えてみれば、面白い提案。相手にされないよと高を括っていたが、無駄覚悟でホームページに載せて見るのも手かと思い返した。リスク多いとの苦言も、それなら小手先の直しを諦め、一気に新しいことはじめよう、となった。

考えてみれば、悩みの中に、プラス思考の糸口があった。帽子は単に揺り戻しを掛け、最善の方向に向かうきっかけを作っているようだ。どん詰まりのときには役に立つ。

1月 5, 2007 ショートSF | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月29日 (金)

宇宙の意思 ショートSF

気:不思議だよね、地球って、何もない無重力の空間に浮かんでいるだって。
元:たとえば、ゴルフボールが海中深く浮かんでいる姿を想像してみると、分かりやすいかも。

気:急に突拍子もないこと、なによ。ゴルフボールを地球、海水を宇宙空間に例えようってわけ?
元:ゴルフボールじゃなくて、魚の卵でもいいんだけど。卵の周りの海水って、その存在が無限に続くもの。塩分混じりの水を海水と決めたのは、人間。海の外にいる存在が決めたもの。卵の表面に張り付いている微生物からすれば、海水は何もない空間のようなものってことになる。海水に浮かんでいると思っているのは、その外部系を知っているから。卵は無重力の空間に浮かんでいるってことになる。

気:海水が何もない宇宙空間と同じって、観測系の問題っていいたいわけね。スケール、もの凄く変えてしまったね。極端じゃない?
でも、何もないと思っている宇宙空間が、その外の観測系からすると、何かの液体や気体だったりするという話は面白い。
元:当たり前に存在する海水は、卵にとって何もない空間って映るってことは、宇宙空間も僕らが認識できないだけで、宇宙の外部の認識存在にとっては、液体や気体のようなもの。ってことは、外部の存在からすれば、空間に浮かんでいても当然なわけ。

気:その外部の存在って、なに?
元:それが、宇宙の意思じゃないかな。ビッグバンを作り出した外部存在、または外部空間に存在するもの。法則性を見出せるほどの秩序だった体系を作り上げた存在。神などと表現される。
神たちの小学校の理科実験で、水鉄砲から汚水を飛ばしたところ、宇宙ができたってことかな。神たちの空間の秩序体系に生まれた空間、それが宇宙ってこと。

気:何か、変な気分。確かに海水の中の卵の表面に張り付いた微生物からすれば、そんな感じかな。ってことは、その微生物が人間ってこと?
元:海水をかき回したりする人間って、その空間からすれば、見えざる手。神のようなもの。それと同じで、地球や宇宙を眺め回しているのが、宇宙の意思とでもいうもの。

気:でも、この宇宙空間に存在する僕らには、宇宙の意思はわからないってことになるよね。
元:それが、少し違うかもしれない。何か大きな外部の意思があるということが分かれば、外部の意思を見出せるかもしれない。宇宙創造の意思に繋がる何かを発見できるかも。
でも、宇宙空間を何もない無重力と捉えている時空間概念では、きっと立ちゆかないだろうね。ものの見方が変わって、外部存在と同じような時空間概念を形成できたら、宇宙の意思ははっきりするかも。そんな宇宙の意思を見てみたいものだね。

12月 29, 2006 ショートSF | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月25日 (月)

身の丈わか~る ショートSF

昔に限らず、いまでも場違いってことがある。華麗に着飾った紳士淑女が集うホテルのホール。季節外れのペナペナ背広で、擦り切れた革靴。どう見ても場違い。
大富豪の邸宅に呼ばれてお父様にご挨拶。一張羅はテカテカと輝いている。心証悪くするの当たり前。場違い。当然、お父様の怒りを買って、「身の程を知らず」とか「身の丈を知れ」となる。

とはいっても、人間誰でもプライドがある。身の丈以上のプライドを持っている。でもその身の丈とか身の程を計るものがない。あるのは、勝手な思い込みのプライド。

そこで、新開発の「身の丈わか~る」。自己満足のプライドでは、世間は通用しない。このマシーンなら、客観的な身の丈がわかる。

マシーンは、いっけん身長計と同じ。靴下脱いで、身長計に乗る。体脂肪計と同じように微弱電流が身の丈を計測するという仕組み。体脂肪計と違うところは、微弱電流が体脂肪だけでなく、いろいろな部位を計測するところ。

まず心臓。電流の透過率が高いと、柔。気が小さいということになる。透過率が低くなるほど、心筋が強い。心臓に毛が生えている人は、もっとも透過率が低い。つまり、気が強いということ。身の丈は、一般に気が小さいほど低く、大きいほど高い。

耳殻で微弱電流を流すと、聴力と発声力を計測できる。聴力と発声力は反比例する。聴力が弱いと声が大きくなり、結果、身の丈も高くなる。声が大きいほど、態度がでかくなる。逆に、聴力が敏感だと声が低くなり、ひそひそ声になる。いっけん自信なさそうに見え、身の丈も低くなる。

泌尿器で計測すると、緊張状態でのトイレの近さを計測できる。トイレが近いほど、緊張状態に耐えられず、身の丈が低くなる。逆に、トイレを我慢できるほど、横柄になり、身の丈が高くなる。

脳の右脳と左脳を微弱電流で刺激すると、活性化する脳によって電流の流れが変わる。右脳の反応が速いほど、動物的で本能的。身の丈が低くなる。左脳の流れが速い場合、知的でものごとを理詰めで考えられる。身の丈が高くなる。

このほかに、指先までの電流の流れや、目の瞬きなど、総合的に計測して身の丈を計るのが、この「身の丈はか~る」だ。計測結果は、身長と同じように170などと出る。身長170で、身の丈170なら普通。身の丈190なら、背伸びしすぎ。身の程知らず、となる。150なら、自分を知って抑えめ。身の程をよく知っていることになる。

身の程知らずの人は、一度試してみるに限る。さて、あなたの身の丈は、いくつかな。

12月 25, 2006 ショートSF | | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年12月16日 (土)

性格レイヤー ショートSF

局面に応じて、さまざまな性格を見せる人間。家族の前で見せるおっとり形の性格が、会社ならキビキビしたビジネスマンの姿に変わる。会議や電話の話っぷりを耳にして、家族や友達の前ならきっと別人と想像できる。忘年会の幹事役を仰せつかれば、普段見せないマメな性格が顔を出す。性格は、人間の永遠の研究テーマ。

脳内では、さまざまな性格がある部位ごとにまとまっている。家での落ち着いた性格、会社での慌てた性格、友達との愚痴こぼし性格……。性格の切り替えは、ごく自然に行われるが、まれに切り替えに失敗し、突如別人の顔を出すことがある。

そこで、脳内の各部位と連動した性格レイヤーが開発された。仕掛けは、いたって簡単。
描画ソフトでお馴染みのレイヤーとは、透明な下敷きのようなもの。何枚も重ねて絵を描いたりする。このレイヤーと脳内の各部位をつなぎ、目の前に現れるバーチャルディスプレイで操作する。バーチャルディスプレイは、本人にしか見えない上、タッチパネルのように脳で指示するので、安全性100%の代物。

家を出たら、おっとりのレイヤーをオフにし、会社に着いたら、キビキビのレイヤーにオンにする。オンオフは、レイヤーの左にある目アイコンで切り替える。目が開いていればオン、閉じていればオフ。

もちろん、最下層にはベーシックな性格がある。その上に、慌てん坊の性格レイヤーや、おっとりのレイヤー、甘えん坊のレイヤー、しっかり者のレイヤーなどがあり、その場に応じていくつかのレイヤーを重ねて性格を描き出す。親密な友達の前なら、のんびり屋さんのレイヤーと、おっとり型のレイヤーなどをオンにする。

各レイヤーでは不透明度を指定でき、せっかち度60%、恥ずかしがり屋度30%などと調整できる。このあたり、画像編集ソフトと変わらない。
新しいレイヤーを自由に作ることもできる。本人にない性格を作って、ほかの性格レイヤーと重ね、新しい自分を演出できる。

別人の性格に変貌する場合は、まずベーシックのレイヤーをオフにする。その上で、盛り上がり度100%、口数度100%にすると、躁状態の別人になる。落ち込み度100%、気遣い度100%なら、鬱状態。

レイヤーの重なり具合は、下の方ほど思い性格、上になるほど軽い性格。レイヤーの重なり具合を変えるだけで、性格も変わってくる。慌て者レイヤーを上に移動すると、その場限りの慌て者になる。下の方にすると、いつも慌て者。
性格レイヤーのおかげで対人関係が良好になったと評判も高いが、一方、町に性格破壊者が多く現れ、社会問題にもなっている。

12月 16, 2006 ショートSF | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月24日 (金)

反メタボリック・シンドローム講義3 ショートSF

ほれっ、よく言うじゃろ、人体の90%は水分だと。水分がないと人体は干からびてしまう。砂漠でミイラを連想するじゃろ。そんな過酷な環境にいるわけじゃなかろうが。確かに口から補給するは、飲料水や食物に含まれるものじゃ。これだけが水分摂取と勘違いしている御仁が何と多いことか。口から水分補給だけで体内の水分バランスを保てると、精密な人体を愚弄している人には、いつも呆れておる。

水分は、1日ペットボトル1本分(500ml)もあれば充分じゃ。どだい空気中の水分を鼻から吸収しているじゃろ。水分補給が不足すると、空気中からの水分を人体はあてておるのじゃ。間違ったエネルギー代謝理論の受け売りはいかん。計ったことはないが、儂は500ml摂取しているかどうか、心もとない。とにかく飲まんのう。

口や鼻からだけじゃないんじゃ。人体の表面積が一番多いのは皮膚じゃ。皮膚からの水分摂取も大事な機能じゃ。ぬるま湯で少し長めに風呂に浸かってみると、分かるはずじゃ。喉が渇くじゃろ。実は皮膚から水分補給して、体内の水分と皮膚の水分バランスが崩れるのじゃな。そこで口から潤す必要があると、人体が要求している訳じゃ。海や川に浮かぶ土左衛門、ご存じかな。儂も見たことはないが、相当水ぶくれらしい。美人もブタになるらしい。こりゃ、ブタに失礼か! 皮膚からの水分補給の例じゃ。風呂で摂取している水分もバカにならないじゃぞ。口からの水分摂取ばかりを強調する説は胡散臭いと思われたい。

臭いと言えば、水分補給が少ないと、臭いのぉー。またまた下の話で悪い。こんな話、聞きたくなければ耳栓して聞かないことにしてもらいたいが……。

水分が足りなくても、排斥物は出る。オシッコじゃ。不思議なもんじゃ。すると体内の水分が少なくなる。しかも、1日2食なら、牛じゃないが反芻しているようなもの。カスからもしっかり栄養を吸収して、本当に残りカスじゃ。下痢など、もったいないことはあろうはずがない。結果、便が固くなる。儂なんか1週間に1回、せいぜい2回じゃ。栄養素を充分吸収した残りカス。水分が不足していると、苦労するのぉー、出すのに。出てからも大変じゃ。トイレが詰まって水が溢れそうになる。不思議なことに溢れたことは1度きりじゃ。和式のトイレじゃった。焦ったのう、あのときは。最近はほとんどが洋式じゃから、溢れることはない。溢れそうになるとおおヤバイと目を凝らしておるのぉー。減らない水と固くなったままの便を落とすのが大変じゃ。儂のところにはバキュームセットがあるが、それでも30分近くかかる。どだい便だけで20分近くたたずんでいるから、小一時間は格闘じゃ。じゃが、これほど酷い事態は、一月に1度くらいじゃな。昔に比べりゃ、減ったよ。ヨーグルトのおかげじゃろ。

おお、ついつい下ネタに時間を費やしてしもうた。
水分の摂取に神経質になる必要はないという話じゃ。

今日の反メタボリック・シンドローム講義の最後は、ストレスの話じゃ。現代人はやたらストレスが多い。これが内臓脂肪を増やす原因にもなっておるそうじゃ。
ストレス作らなきゃ済むんじゃろ。オタクとか言われる人種ご存じじゃろ。君たち学生もオタクが多いらしいのぉー。よく言われているオタクの原因、関係性からのストレス。関係性とは、平たくいゃ、人間関係がうまくいかないストレスじゃ。じゃが、オタクやっている輩は、ストレス少ないんじゃ。そりゃ、外に出て社会や人間と関係を取り結ぶのが至難だから籠もるってことになるんじゃろが、オタクで家におるときはストレスが少ないじゃろ。なら、人間関係を少なくすりゃストレスも減るってもんじゃ。

人間関係を減らすのは、喋らないことじゃ。黙って黙々と勉強したり、仕事をしていりゃ、誰も鬼気迫る人間には声をかけずらい。儂なんぞ、人が周りにおっても1日中話さないこと当たり前じゃ。喋らないと煩わしい人間関係をシャットアウトできるんじゃ。誰かが言ったことを根に持つこともなかろうし、不本意に喋ったことで悩む必要もなかろう。ただ、黙っているだけじゃ、社会的動物たる人間はやっていけん。そこで、黙っておっても、いい話を思い描いて頭を活性化しておくのは大事なことじゃ。脳で考えておることは他人には分かりようもない。いいことを描いておれば、ストレスなど無関係。想像世界で飛翔ってことじゃ。思いすぎて、ニヤッ笑ったり、独り言発するのはまずい。そこから、あの人変などと、よからぬ噂が耳に入ってしまう。オタクも節度が肝心じゃ。

おっと、手を上げている君。なに? 講義というより、儂の自堕落な生活を開陳しているだけじゃと。君もよく理解しているのぉー。及第点を上げよう。

11月 24, 2006 ショートSF | | コメント (0) | トラックバック (4)

2006年11月23日 (木)

反メタボリック・シンドローム講義2 ショートSF

話を戻そうか。子どもの弁当があった頃は、弁当のおかずが残っておる。ご飯もある。これだけ食べりゃ、もう朝から朝昼兼用じゃ。電車に乗ると、眠いこと眠いこと。爆睡じゃ。食べて寝る。これはさっきも話したが、健康の秘訣じゃ。物の本じゃ、太るとか言っておるが、ありゃウソじゃ。自然の摂理に従って、食べたら寝る。これが一番じゃ。

子どもも大きくなって弁当もなくなったここ数年は、パン食。そこで登場するのが、ゲテモノの食料・フレークじゃ。コーンや麦などを乾燥させた干飯(ほしい)のようなもの。江戸時代の旅人じゃあるまいし、何を好んで家の中でカラカラに乾かした食物摂るのか。こりゃまた、人間じゃねえ。わざわざ牛乳入れて膨らましているじゃから、はなはだ話がおかしい。ガスも水道もある家の中で、ひもじく西洋版干飯とバカにしていたのじゃ。

不思議なもんじゃ。最近出ておるフレークは、昔バカにしていたコーンフレークなどとは雲泥の差。いろいろなカスが混じっておる。バナナの切れっ端、木の実……。ハムスターの餌じゃないんだ、人間様の食べ物。これが栄養バランスが取れて最高。ときには、何も加味されていないフレークに、ナッツやクルミ、ピーナッツなど切り刻んだカスを混ぜる。ケーキやクッキーに入れるやつあるじゃろ、あれよあれ。甘味が増して、味も素っ気もないフレークが菓子代わりになるんじゃ。ハムスターやネズミの餌が、朝食には最高じゃ。

手を上げている君、質問かね。なに? 朝食から夜食まで16時間、食べなかったら腹減るだろうって。当然じゃ。君たち学生は、腹減ると何か食べるじゃろ。それがくせ者じゃよ。腹減るから食べる、一見当然の生理的欲求のようじゃが、これが度を超しているから内臓脂肪がたまるんじゃ。内臓脂肪がたまらなけりゃ、メタボリック・シンドロームなどに罹るわけない。あるのは餓死だけじゃ。まあ、そこまで極論すると、学術的な論議がワヤになるから、少しく人体の特徴から話を展開しようじゃないか。

摂取する量と消費する量が同じなら、痩せもしないし太りもしない、というじゃろ。プラスマイナス=ゼロ。一見数学的で分かりやすいんじゃが、これは似非理論。数学では計り知れないのが人体なんじゃ。あの哲学者マルクスもいっておったな。社会的再生産は、100生産すると120にもなる。これと同じじゃ。100食べたとするじゃろ。すると、人体は120にしてしまうんじゃな。それが、消化とか摂取というものじゃ。分数ができない学生でも、こりゃわかるじゃろ。仮に100消費したとしても、黙っていても20増えるんじゃ。どんどんたまっていく、内臓脂肪にな。これが人体の原理じゃ。DNAの成せるワザじゃ。

昔からいうじゃろ、腹八分目と。こりゃ、的を得ておる。80に120%掛けてみなされ。96じゃ。四捨五入すりゃ、100だわさ。腹一杯食べると、ブタになるって話じゃないんじゃ、腹八分目ということわざは。実に科学的なわけじゃ。摂取の120%が消費に化ける、という人体の神秘的力が生命の源なわけじゃ。

話が脱線したようじゃな。腹減らないかって、質問じゃったな。朝食べると、120%の消費分が蓄えられるって話はした。でも、当然なくなるものはなくなる。午後2時も過ぎると、人並みに腹が空く。じゃが、ここで食べなくても平気なのじゃ。摂取された栄養素がジワジワと人体に回るんじゃ。ここで意識を食事に向かわせないようにせにゃならん。腹減っておるときが学習効率がいいというじゃろ。何かに集中していると、腹減りも忘れてしまうものじゃ。そのうち、3時4時になる。若干朦朧とする。人間の集中力とは、それほど長く続かないからのう。眠くなるんじゃ。眠くなるのは、脳の酸欠が原因じゃ。まずは、新鮮な空気を吸って、血液に酸素を送ることじゃ。それから、軽く甘味を摂るのがよかろう。カリン糖や飴、クッキーなどもよい。ただし、調子に乗ってたらふく食べてはあかん。甘味で口の中が甘くなって、それほど欲しくなくなるはずじゃ。人体のリズムとは怖ろしいものでな。DNAが引き継いでおるんじゃな。夕方から夜に入ると、腹減りがウソのように忘れてしまうものじゃ。ここで、1日3食などと既成概念にとらわれて夕食を摂ろうとするじゃろが、それが間違いのもと。思い出さなければ、夜1時半の夜食までは苦もない。

おっと、大事なことを忘れておった。食事だけに目が向くが、水の補給の件じゃ。巷じゃ、水分はよく摂ることと勧めておるな。ありゃ、間違いじゃ。人体に必要な水分など、加減ができるんじゃが、どこかで聞きかじったのじゃろ。水分補給が必要じゃと。
この水分摂取も、反メタボリック・シンドローム論議の肝心なとこじゃ。

(続く)

11月 23, 2006 ショートSF | | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年11月22日 (水)

反メタボリック・シンドローム講義1 ショートSF

さて、学生諸君。今日の講義は、反メタボリック・シンドロームじゃ。君らの中にもおるじゃろな、内臓脂肪型肥満でいろいろな病気、たとえば肥満や高血圧、糖尿病、高脂血症などの生活習慣病に罹るやつ。こんな病気に罹りやすくなる状態が、メタボリック・シンドロームじゃ。テレビや新聞で派手に騒いでいるから、知らないものはおらんじゃろ。

なぜ騒がれているか、まずここから入ろうか。

知っての通り、健康保険料が今後高齢化に伴って莫大に膨れそうなんじゃ。その上、内臓肥満が増えて来ておる。特に中年以上にな。ますます保険料が増える。政府の保険料支出は鰻上りと慌てたお役人が、一大健康ブームを作り上げ、健康の自己管理で、医者に罹らないようにしようとしたのが、このメタボリック・シンドロームを始めとする健康ブームじゃ。健康を害している人が増えたというわけじゃないんだ。ここがミソじゃ。作られた健康ブームじゃから、別に気にしなくてもいいのじゃが、誰も彼も騒ぎ始めると、心配になるのが人間の常じゃ。健康に気をつけるのは悪いことじゃないが、それほど気にすることもないものを大騒ぎしている。これが、いまのブームの実態じゃ。

内臓脂肪などと一見分かったような語り口に、ウソ寒さを感じるのはおるかな? おるとすれば、そいつは健康じゃ。

さて、そんな背景を語るだけでは、反メタボリック・シンドロームは語り尽くせない。そこで、今日はこの状態にならないための学術的で高尚な論議を巻き起こそうと思うのじゃ。

まず、既成の概念を打破する必要がある。

君らは、1日の食事は3回と決めつけておるじゃろ。これがおかしいんじゃ。生活習慣病対策じゃ、規則正しく1日3食、定時に摂るように勧めておるじゃろ。朝、昼、晩とな。こりゃ、実に間違いじゃ。1日2食で充分なんじゃ。
食習慣として1日3食となったのは、ここ100年ぐらいのものじゃ。それまでは1日2食じゃ。それで充分じゃった。食料生産が飛躍的に増え、生産技術も向上して、1日3食が定着してきただけじゃ。1日2食で充分。朝と晩じゃな。私事で恐縮じゃが、私は朝と夜中じゃ。これが一番じゃ。朝は、7時半頃。夜は、夜中の1時半頃。夜食を摂ったら、1時間ほどで寝るんじゃ。で、朝起きたら、朝食。これが健康の秘訣じゃ。昼起きて活動しているときは、食事を摂らない。実に健康的じゃろ。

なに? 夜食食べてすぐ寝たら、胃がもたれるじゃないかって。それに、朝起きてすぐは食べられない、だと。確か君は、医学部の学生じゃったな。まっとうな質問じゃ。
人間の体とは不思議なもので、そのあたりは近代医学じゃ解明されていない。食べて寝るのは、どの動物でも自然の摂理なんじゃ。毎日夜食食べみなされ。胃がもたれるなんて、自然の摂理に反すること、ありゃしない。牛だって、ネコだって、食ったら寝ているじゃろ。人間を含め、動物は食っちゃ寝、食っちゃ寝、なんじゃ。

朝は、夜食まで16時間食事を摂らないんじゃから、しっかり摂るのもコツじゃな。ヨーグルトが最高じゃ。君らも知っておるじゃろ、ブルガリアヨーグルト。何も混じっていないやつ。あのままじゃ、味も素っ気もないというものもおるじゃろな。私は、ブルーベリージャムなど、ヨーグルトソースを足して食しておるんじゃ。

ちょっと話は飛ぶが、ヨーグルトは酸っぱいのぉー。あんなもの、人間の食べるものじゃない。酸っぱいのが旨いなどという代物は、牛にでも食われておれ、って思っておった。じゃが、下の話で恐縮じゃが、不覚にも痔になってしまった。医者に尻出して、グイグイ押されて堪らんものじゃなかった。そしたら、ヨーグルトがいい、とゲスの食い物を勧める御仁がおった。効くとか効かぬとかの話じゃない。聞くだけで酸っぱくて涎が出る代物。御免じゃ。じゃが、人間の食べるものじゃないのなら、化け物になったつもりで試してみたんじゃ。毎日毎朝。来る日も来る日も、ヨーグルト。不思議じゃな。もう10年にもなろうか。痔が再発しないんじゃ。医者に尻見せる屈辱はなくなったんじゃ。それから、ヨーグルトを人間の食べるものに格上げしてやった。本当に効いているかって聞かれりゃ、真偽の程は確かじゃないが、まあ信じてよかろう。

(続く)

11月 22, 2006 ショートSF | | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年11月10日 (金)

霊界糸電話  ショートSF

最近話題の霊界糸電話を作ってみた。作り方はいたって簡単。トイレットペーパーの芯と新聞紙、のり、糸だけ。昔、小学校で作ったように簡単に工作して作れる。ただ思念を集中しながら作らないと、霊界にいる相手を呼び出すことができない。

胃ガンで亡くなった親父の顔や思い出を思い出しながら作った。ほかの邪念をいっさい排除するのが難しい。途中で携帯が鳴ったり、消防車のサイレンで邪魔されたりで、形は出来上がっても親父を呼び出せない。たっぷり昼寝をした夜半。寝静まって物音が途絶えてから、親父に怒られて細い杉の木に縛られたことを思い起こしながら、糸電話を作った。
そのときの形相は怖かった。でも、訳も聞かずに、外に引きずり出し、玄関横の細い杉の木に縛ったのは何故? おれ、悪いことしていなかったよ。駄菓子屋で盗んだって言いつけられたからって、話聞いてくれてもいいじゃないか……。出来上がった糸電話の筒から微かに聞こえる。耳に当てると、か細い声が聞こえる。寒イボが広がり、震えが止まらない。あのとき、おれ盗んでいなかったよ。だって盗んだもの、なかったじゃないか。筒を口に当て、興奮して話す。すぐ筒を耳に当てる。なに? よく聞き取れない! お店の人、ウソついているんだ。おれじゃなくて、ほかの子かもしれないじゃないか。筒から低いながら声が聞こえる。なに? 寝起きで声がうまく出ないって。いいよいいよ、ゆっくり話して!

少しずつ声が聞き取れるようになる。何年も寝たっきりだったから、声の出し方忘れたようだ。元気? あほっ! 死んでいるのに元気もあるか! そっちはどう? どうってことない。薄暗い場所に、爺さんも婆さんもいる。赤ん坊で死んだお前の妹もいる。赤ん坊だから、話もできないが……。何か食べてるの? ばかか! 肉体ないんだから食べる必要なんか、ないんだ。やっと懐かしい親父のだみ声になってきた。ずいぶん我慢していたけど、肉体ないから痛くもないの? 肉体から離れて苦しさはすっかり消えたよ。でも、少し痛いような気もする。痛い思い出はまだ消えていないようだ。悪かったね、親孝行できなくて。なに、いっている、今頃になって。いや……。

しばらく涙声になりながら話していた。そこにバイクの音。どこだ! 慌てて糸電話の筒に耳を当てたが、もう聞こえない。チキショー、どこのバイクだ。もう呼び出せない。呼び出せるのは、1回切り。また霊界で眠ってしまったかな、親父。

11月 10, 2006 ショートSF | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月29日 (金)

想定内  ショートSF

ボス、大丈夫ですかね。ブログやSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)で、だいぶ騒ぎ出しましたね。アメリカじゃ、イラク戦争反対が勢いを増してきたし、日本でもブログ人口、SNS人口が1000万を超えるのも時間の問題ですよ。

キミー、無名の個人に発言させるっていうのが戦術じゃないか。

とはいっても、ボス、騒ぎすぎると収拾がつかなくなるのでは?

キミねぇ、分かっちゃいないよ、個人主義を伸ばしてきた意味が。貧富差や階級差がある社会じゃ、不満が富めるものや支配者階級に向かうんだ。歴史的に実証されているよね。敵が明瞭だからね。同じように働いても富が不公平に分配されると、富裕層に不満の矛先が向かう。アメリカンドリームのように、成り上がり者が出てくる構造っていうのもあるが、社会構造が硬くなって成り上がりにくくなったら、お仕舞いさ。支配者階級を力で倒すしかなかった革命は典型的だろう。

でしょう。だから、分配の差を少なくし、階級格差を減らしてきたのじゃないですか。すると、今度は個人主義が台頭してきた。インターネットが普及したら、喋るは喋る。ブログなんか「公衆便所の落書き」なんてクソ味噌にいわれても、めげずに、これ幸いと書くわ書くわ。SNSなんか、世界規模の井戸端会議じゃないですか。でも、そのうち向かいますよ、権力に。

大げさだね、キミは。個人主義でみんな発言するってことは、自分のことや不満を世間に撒き散らすことになるんだ。みんな、いいたいことが言えるって、自由を謳歌する。不平不満を発言するようになると、どうなるか知っているかい?

不満が相乗的に高じて爆発、でしょう!

違うんだね。言ったら、収まってしまうのさ。ガス抜きされるんだ。個人主義じゃ、みんな色んなことを言うってことが認識されて、自分の考えもひとつの意見ってことになる。どれが正しいかなんて、誰もわかりゃしない。ときには、イラク戦争反対のように権力に向かうことも出てくるが、これも想定内さ。多くは話していりゃ、参加した気になっている。仮にそれで権力が倒れても、それも個人主義の勝利って叫ぶだけ。

ボス、まずいでしょう。少し抑えないと、誰でも発言しだしたら、収拾着かなくなるでしょう。

キミー、収拾着かないなんてことないんだよ。インターネットがなくなるって訳じゃないし、最初から収拾なんか着いていないんだ。好きなようにやっているだけだよ。
怖いのはね、この装置が個人主義を偽装しているってことが分かるときだよ。格差とか階級とか暗黙のうちに認めている体制に気づきだして、個人のネットワークが連携することさ。
軍備はいらない、いや仮想敵国がいるんだから必要だ、なんて語っているうちは安心さ。悪い輩がいるうちは、目くらましさ。世界的な貧富の差や、平気で人を殺して戦争は必要だって言ったりできる。そんな風に混乱させている大元は何だって、騒ぎ出してご覧よ。権力関係の問題だけじゃない。個人主義の原則なんて話になったら、大変さ。

でも、ボス。そんな勢いじゃないですか。

分かっちゃいないね、キミは。個人主義って、多くは個人に向かうんだよ。世界的な構造に向かわない。我々が世界を混乱させながら、まとめている姿を知るわけないだろう。我々が仕掛けた戦争やめたら、世界中の貧困解消するなんて知らないし、わかっても力にゃならない。ガス抜きしているからね。

9月 29, 2006 ショートSF | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月23日 (土)

飲酒運転禁止法  ショートSF

すでに、車内でアルコールを検知すると、エンジンがかからない車が製造されていた。ただアルコールをどの程度検知するかは微妙な問題だった。そこに薬品メーカーから朗報が出て、いっきに飲酒運転禁止法成立に至った。

この薬品メーカーは、人体の大腸内でタンパク質と反応して一時的に生成されるアミケラトンに注目していた。生成されたアミケラトンは、消化酵素の働きを助け、しばらくするとまたタンパク質と反応して消滅する物質。大腸内で生成し消滅するという代物。この物質は自然界にないので、体内に取り込まれることはないが、体内でも大腸までは消化もされない。消化薬としての効能はそれほど大きくなく、商品化は思いとどまっていた。

このアミケラトン、ビールや酒などのアルコールに微量混ぜて飲み、口臭で検知できることが実験で確認された。無色無臭のアミケラトンをアルコール混入しても、アルコールはまったく反応しない。アルコールの検知に最適の物質ということになり、アルコール業界は微量のアミケラトンを混入させることを決めた。

この報を受けて、自動車業界では、アミケラトン検知センサーの開発に着手。アミケラトンを検知した場合、エンジンがかからない、エンジンが止まる装置を完成させた。これまでの技術に、新たなセンサーを付けただけなので、開発に手間取ることもなかった。

トントン拍子に進んだ開発を、国会も援護し、アルコールにアミケラトンの混入を義務付け、自動車にアミケラトン検知センサー取り付けを義務化した飲酒運転禁止法を審議。さまざまな検証と論議を生んだが成立。今後、飲酒運転が完全になくなるという画期的な事態になった。

ただ、地ビールなど個人消費が目的で製造するアルコールには、この法は適用されないため、個人宅で地ビールなどを飲んだ場合、飲酒運転にはならないという問題も出てきた。

9月 23, 2006 ショートSF | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月17日 (日)

自我分離薬 ショートSF

へい、いらっしゃっい、いらっしゃい! 安いよ、安い!
純度100パーセントの自我分離薬で完全分離した自我だよ。
こっちのは、生まれは仙台、育ちは東京。いじけ度95パーセント、ひがみ度90パーセントだあ。なかなか手に入らないよ。
そこのお兄ちゃん、どう?
じゃ、こっちは?
東京生まれのニューヨーク育ち、帰国子女ってやつさ。ひねくれ度90パーセント、外面120パーセントの純ものだよ。なにしろ個人主義とかいって、我が強い。負けん気が強いってやつさ。負けないね、そんじょそこらの人には。鼻が高い。これほど気が高い代物ってないよ。かなりの値打ちだ。
どう、お兄ちゃんなら安くしとくよ、どう?
この自我の持ち主の顔、見たいって?
よしておきなよ。見たいのは分かるが、個人特定できないようにできてるんだ。自我分離薬って、そうできている。でも、想像するのは自由だよ。
こっちのいじけ度95パーセントの自我。何言われても自分のことって勘ぐったようだ。完璧に近い。立ち話している人の脇通るだけで、自分の噂しているって思い込んでしまう。成功した人がいたら、自分が手伝ったお陰なのに、挨拶がないってひねくれる。
いらない?
そういわずに、じゃこれはどう?
落ち込み度90パーセント。この自我は強烈だあ。相手が話を聞いてくれないって、落ち込む。デートに遅れたのは、嫌いだからって塞ぎ込む。頭が痛くなったら、自分が至らないって考え込んでしまう。どこまで落ち込んだら、気が済むのって心配になるほど。自我分離できて、大成功だよ、この人って。
そこのお姉ちゃん、どう?
最近開発された自我分離薬、純度100パーセントだから、完全分離さ。昔は純度低くって、残った自我がまたまた増殖したって話だけど、今じゃそんな代物ない!
見てご覧よ、この自我。視線を浴びるのが好きだったんだね。今でもお客さん通るから、キラキラしてらあ。人目につかなくなったら、目の色変わっちゃうんだ。そこまでは見せられないよ、取って置きだからね。
買って行きなよ、安いよ。自我のたたき売りだあ。

9月 17, 2006 ショートSF | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年7月26日 (水)

動体視力アップメガネ  ショートSF

野球のイチロー選手は、人より動体視力が優れているという話は有名。ボールの動きをはっきり追うことができるらしい。映画の1コマ1コマをゆっくり動かして、はっきり見えるようにしたようなものだ。スポーツ選手に限らず、動体視力がアップすれば、ボールや相手の動きを正確に捉えることができる。動体視力アップは至上命題だ。

動体視力を鍛えるには、マンガ「がんばれ!元気」でお馴染みのように、線路脇で通り過ぎる電車の中の人をはっきり見れるようにする、などの方法がある。

このたび新発売の動体視力アップメガネは、目を鍛えなくても、誰でも動体視力がアップする画期的なもの。メガネをかけるだけ。どれだけアップさせるかは、メガネの脇にあるツマミを回して調節する。ゆっくりの方に回すと、目に入るものがゆっくり動き、結果はっきり見える。150キロの豪速球も、100キロの平凡なストレート球に見えてしまう。これなら、慌てずゆっくりボールを見て、しっかりためて打つことができる。ホームランになるかどうかは、打ち方の問題。球速さえ遅ければ、振り遅れはなくなる。

このメガネ、形はゴーグル。全視界をこのメガネで捉える必要があるため。普通のメガネのように脇が空いていると、正面はゆっくり、横は速い、という速度のズレを、脳が再構成できなくなり、激しいめまいで立っていられなくなる。

このメガネをかけ、たとえば半分の速度に調節すると、球速が半分になるだけでなく、見えるものの動きがすべて半分のスピードになる。ビデオをスローモーションで見ているようなもの。見るだけなら、ビデオのように、倍の時間がかかるだけ。

ところが、メガネをかけてその場面に参加すると、ちょっとやっかいなことになる。打ったボールもゆっくり、野手の動きも半分のスピード。つまり、打ってファーストに駆け込むと、いつもの半分で着いてしまう。走る速さが倍になる。100メートルを20秒で走っていた人も、10秒で走ったことになる。
動体視力アップとは、実は脳の時間感覚をアップさせること。

ただ被験者が注意しなくてはいけないことがある。メガネを外すと、通常の時間に戻るが、脳の時間感覚がすぐに回復しないため、ボールは300キロの新幹線並みのスピードに見え、走るとカメよりのろい動きになる。このギャップを埋め、脳を再構成するために、メガネをかけていた時間の5倍、回復装置に入る必要がある。1時間かけていたなら、5時間回復時間を要する。
また、メガネをかけ続けると、体内リズムが倍速になり、急速な時間消費により、早死にする。人生80年が30年ぐらいになり、野球人生の寿命が数年しかないことになる。

この時間感覚の問題は、近代人が時間感覚をどんどんスピードアップして伸ばしてきたことからも、遺伝的には慣れるにしたがって伸びるだろうが、個体的にはすぐにはクリアできない問題だ。今後1000年単位で解決されるかもしれない。

7月 26, 2006 ショートSF | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月29日 (月)

雨男 3 - ショートSF

点滴で危ないとこ、切り抜けたようだ。でも、点滴は濃すぎるなあ。心臓がバクバクいって、血の流れが激しい。そろそろ、ブザー押して点滴止めてもらわないと。なんて言って中止してもらうかだ、問題は。点滴万能の治療だからな。楽になった顔、作らなくちゃ。

それにしても、彼を巻き込んでしまった。相合い傘のよしみ、隣どうしだというだけで、まずかったなあ。でもあの急場、彼を頼りにするしかなかった。この1か月、まったく困ったものだ、一滴の雨も降らない。死活問題だよ、加湿器も役に立たなくなったし。この暑さじゃ、凌げなかった。来週まで雨なしって、天気予報には参った。気力が急に萎えてしまったなあ。

秘密守りきれるかな。命の恩人に失礼か。納得しないよな、ある程度話さないと。気分が悪いくらいなら、大げさすぎるし。医者は何とかなるだろう、退院すれば追いかけることはなさそうだし。信じないだろうなあ。雨さえあれば、生きていけるなんて。食べなくて済むなんていったら、具合悪くて頭もいかれたかと、相手にもしてくれないだろうなあ。

天然の雨って、僕らが必要な栄養素が少なからず含まれている。僕らは呼吸すると、その栄養素を気泡の形で吸収する。空気中の窒素が媒介したり、窒素化合物を作ったりして血液中を回る。肺が胃腸の役割を担っている。吸収効率が抜群に優れているが、人間も少なからずやっている。人間の突然変異なのだろう、肺が胃腸の役割果たすのは。ただ人間のようにまとめて食事を摂るようなことができないので、エネルギーを一時に発散すると、体力が持たなくなる。

恵みの雨が降るまで、何とか加湿器直さなくちゃ。薬草はまだあるから、フィルターを掃除すれば、部屋の中で生活できるだろう。

彼にはどこまで誤魔化せば済むかな。心配性のようだから、隣のよしみで食べ物差し入れてくるかも。人間の進化形なのだから、別に不思議なないはずだが、目の前にすると驚くだろうなぁ。

(完)

5月 29, 2006 ショートSF | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月28日 (日)

雨男 2 - ショートSF

先に移った彼を追って、病室へ。か細いながら、ゆっくり丁寧に答える彼。家族、友人はいない。こんなときって、身寄りがないのは大変。仕方がない、乗りかかった船だ。相手は病人だし、手伝うことにする。
着替えなどの場所を尋ね、鍵預かってマンションに引き返す。部屋開けると、実に整然。同じワンルームとは思えない、広く感じる。窓際に妙に大きな電化製品、加湿器だ。カタカタと唸っている。電源が入っているが蒸気が出ていない。故障か、水の補給がないのか。電源を切る。

言いつかった着替えを揃え、出ようとしてよく見回すと、何か変。生活臭がない。キッチンがきれい。独り者なら、コンビニ弁当やカップ麺の殻など、散らばって当たり前。ポテトチップやチョコレートの包みもない。綺麗好きなのか、貧しいのか、食べ物が見当たらない。加湿器の脇に、薬草の箱がきれいに並んでいる。カーテン、よく見ると、二重目がレースじゃない。遮光用の厚手のもの。暑さに弱いのか、エアコンを節約しているのか。人様の部屋、あまり詮索も良くない。ほどほどにして、紙袋2つ手にして病院へ。

病室では、点滴を受けている彼。少しは血の気が出てきたが、苦しそう。話しかけても、頷くだけ。持参した紙袋をベッドの下に置く。近くにコンビにあるから、何か買って来ようか、果物とか。いや、大丈夫。気を使っていただいて、済みません。しばらくしたら、良くなるはずです。あっ、そう。

しばらくベッドの側にいる。目をつぶって相変わらず苦渋の表情。体温計りに来た看護士。今日はとにかく様子を見ましょう。引き取りいただいても結構です。そう、確かに手持ちぶさた。病院なら心配ないだろう。じゃあ、明日また来るから、と声掛けて病室を出る。待合室を抜けたところで、声がかかる。担当の医者だ。原因もわからないが、点滴以外受け付けないんだ。食事も摂らない。体力弱っているとはいえ、困ったもの。何か聞いたかい。と言われても、こっちもさて……。ちょっと新陳代謝が変かもしれない、何食べているんだろうねぇ。きっと外食ばかりじゃないですか。医者も頭抱えているようだ。

医者がわからないもの、僕にわかるわけない。

(続く)

5月 28, 2006 ショートSF | | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年5月27日 (土)

雨男 1 - ショートSF

タイミングの悪い人っている。旅行や行事にその人が参加するときに限って、雨。晴れってこともあるのに、その記憶は薄れ、何故か雨が付きものと誤解される。

先日も彼のおかげで助かった。改札口を抜けると夕立。マンションまで走るかと身構えていたら、一緒にどうです、と傘を差し出す彼。ありがとう、と相合い傘でマンションに向かう。ゆったりとして落ち着きのある彼との出会いは、ほとんど雨。帰り、雨に降られることってしばしばあるが、よく見かける。スーパーで何度か目にしたときも雨。出掛けるときは、必ず傘持っている。天気予報士なのか、傘は必ず身に付けている様子。

隣の部屋で静かに暮らしているのだろう、壁越しに聞こえる音はほとんどない。

この一ヶ月、猛暑続き。天気予報では、観測はじまって以来の晴天続き。雨が恋しくなる。
チャイムが鳴ってドア開けると、彼。顔色が蒼白。具合が悪そう。済みませんが。あっ、はい。病院までお供願えないでしょうか。たどり着ける自信がないので。切れ切れに出る言葉。苦しそう。時間を持て余していたところだったので、さっそく出掛ける。先を急ぐのだが、たどたどしい歩み。腕を添え足並み揃え、何とかバス通りにたどり着く。タクシー探すが来ない。駅前まで行けば、客待ちのタクシーがある。大丈夫、歩ける? えー、何とか……。暑さのせいか、冷や汗も出ている。

たまたま通りかかったタクシー捕まえ、病院へ。待合いでは横になっている。通りすがりの看護士に声掛け、急患扱いで診察室へ。しばらく待っていると、看護士が呼ぶ。入ると、医者が椅子を勧める。ベッドに横になった彼、息が乱れている。とにかく入院してもらいますが、原因がわからない。何か思い当たる節ありますか。といわれても、親しい間柄でもない。隣どうしにすぎない。もちろん、家族や友人関係も知らない。頼まれて付き添っただけですが……。家族か知り合いに連絡取ってください。そんな無茶な。

(続く)

5月 27, 2006 ショートSF | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月19日 (金)

人間宅配ボックス - ショートSF

高速の光通信が可能になって、かなり容量の大きいデータも瞬時に送信できる現代。密かに進められていた開発が実現しそうだ。それが、人間宅配ボックス。人間が瞬時にどこでも動ける。海外もさほど時間がかからない。飛行機など不要になる。

データ圧縮技術を応用して、皿などの固体を圧縮する技術はすでに実用化している。固体といっても原子レベルでは活動中。ただ運動量が大きくないので、比較的簡単に圧縮できる。これを電送する。10テラ転送が実現した光通信なら本当に瞬時に送信できる。

問題は解凍。固体といっても原子の組成を完全に元に戻すのは大変。ここに登場したのが、電子レンジ。勝手に電子を飛ばして当てる昔のものと違って、電子を生き物のように動かせるようになった。糸を紡ぐように、電子が動いてデータを組み合わせる。圧縮された01の信号とアルゴリズムに従って、電子が信号を組み合わせて元の姿に戻す。

固体と違って、生物特に人間を電送するのは悩ましい。血液は流れている、細胞は新陳代謝を繰り返している。すべて活発に活動している状態を、液体窒素で絶対温度10度に急冷凍。そこでデータに圧縮。解凍は固体と同じように電子を動かして急解凍。これを実現する装置が人間宅配ボックス。密封の箱。人間が入り、液体窒素で冷却しデータ圧縮。データ量は膨大だ。電送された先方の人間宅配ボックスで電子レンジのように解凍。

これまで夢と思われていた瞬間移動が、この人間宅配ボックスで実現しそうだ。ただうまく解凍しないと、死。つまり瞬間移動は死と隣り合わせ。保険金が高額になりそう。

5月 19, 2006 ショートSF | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月 4日 (木)

手漕ぎボート - ショートSF

どこまでも抜けるような青空。久し振りにやってきた。昔住んでいた家の近くの公園。子どもが小さい頃、よく遊びに来たものだ。大ブランコ、バトミントン……。緑が多く散歩にも最適。昔を懐かしみながら、池の周りをのんびり歩く。ファミリーレストラン、コンビニ、マンション……。昔見かけなかったものが周りにできているが、公園の中は変わらない。

家族連れや恋人どうしが並んでいる。そう、あったね、ボート乗り場、乗ってみようか。年だから漕いで体痛くなるのがオチよ、と答えながら満更でもなさそう。列の最後につき、池を眺める。水面がキラキラと輝き、手こぎボートや足こぎボートがのんびりと行き交う。

15分程で順番に。切符受け取ったおじさん、大丈夫ですか。おじさんにまで心配されたら、もうお仕舞いか。無理しないでのんびり行きますよ。ゆっくり滑り出す。オール持つのは本当に久し振り。
岸に沿って静かに進む。リモコンの小さい船が近付いては旋回する。釣りは禁止のはずだが、相変わらず釣り糸垂らす人が並ぶ。キラッと刺す水面、首筋を撫でるように吹き抜ける風。

あの橋を越えて向こうに行ってみようか。瓢箪のようなくびれにかかる眼鏡橋。向こうも回って1周したら、ほぼ定刻通りのはず。橋の下は狭く、ボートの行き来に手間取るかもしれない。都合よく、向こうから折り返してくるボートがない。今のうちに向こうへ渡ろうと、少しスピードを上げる。橋の下は日が届かず暗い。でもやけに暗いな。抜けると、光りが戻り、また視界が広がる。

あそこ、水が切れているようよ。エッ、漕ぐ手を休め、振り返る。確かに、奥のもうひとつのボード乗り場との間に二本線の隙間がある。水がそこで消えている。何それっ。引き返そうと、右手だけで漕ぐ。回転し始めたボート。流されている、引きずられている。必死にボートの態勢を立て直そうとする。速く速く、と急かす彼女。でも、引き強いよ、流されている、まずい。岸で見ている人たち、笑っている。おい、笑っている場合じゃないよ、水が消えているんだぞ。滝だぞ。

回りながら対岸に向かおうとする。でも、滝が近付く。左手もあわせてとにかく漕ぐ。速くなった流れ。思いっきり引く。オールが水をかすめる。構っちゃいられない。無茶苦茶でもオールを引く。どんどん流されていく。オイオイ、まずいよ。落っこちまう。立っちゃダメ、しっかりボートに掴まってて。ダメよ、流されているわ。そんなっ、どうなるんだ。腕パンパン、膝ガクガク。落ちていく水が横目に入る。逆らえない。飛び込む? 無茶か、どうする? 流れは加速。漕ぐのを諦め、彼女の腕抑える。ボートの先、滝の上にせり出した。落ちるぅ。ボートがゆっくりと下向きに。もう終わり。真っ逆さまに落ちていく。見てられない。

ハイッ、ありがとうございました、の声。目を開けると、おじさん笑っている。バーチャルリアリティーでした。

5月 4, 2006 ショートSF | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月23日 (日)

ホワイトホール監視動物ネコ - ショートSF

近頃、動物愛護という風潮も手伝って、僕らネコはやたら待遇がいい。面倒見のよい人間が増え、中には、家やマンションの中に閉じ込められてしまうこともある。嬉しい反面、僕らイエネコだけが果たしている役割がそがれてしまうのが心配だ。

僕らの祖先ヤマネコは、他の肉食獣と同じように小動物を獲物に狩りをしていた。当然もっと大きい肉食獣に狙われていた。草食動物だった人間が肉食獣を獲物にするようになった頃、僕らイエネコが未来社会から派遣された。外敵から守ってくれる人間は、僕らのガードマンとなった。おかげで、僕らは使命を果たすことができる。人間にとっても、蓄えた食物を狙うネズミなどの小動物を狩りする僕らが側にいた方がよかった。人間とイエネコの共生の始まりだ。

僕らには、反宇宙を感じ取る能力が備わっている。というか、この能力を増幅したネコを作り上げたのが500年先の未来社会だ。
普段フラフラとあちこち散歩しているように見えるが、実はホワイトホールを監視している。

Double_bursts この宇宙には、光すら取り込んでしまうブラックホールがある。超新星爆発で誕生する巨大ブラックホールの話は有名だが、ほんの小さいブラックホールはこの宇宙に点在する。フライパンで焼いたホットケーキの表面にできる小さい空気穴のようなもの。ブラックホールとホワイトホールは、時空間の歪みから発生する。ホットケーキ生地の内側をこの宇宙、外側を反宇宙とみなすと分かりやすいかもしれない。ブラックホールに吸い込まれたものは、反宇宙のホワイトホールから吐き出される。当然この逆、反宇宙でできたブラックホールは、我々が存在するこの宇宙のホワイトホールに通じている。

小さいブラックホールとホワイトホールは、焼きたてのホットケーキの小さい穴が高まった圧力で生地に覆われて消滅するように、時空間の歪みが矯正されると消失する。ただ中には巨大化するものがある。赤道付近でできる熱帯低気圧が台風に成長するように。自然消滅するホワイトホールの被害は少ないが、増長するものの被害は甚大。ホールが広がると、当然地球なんか消滅してしまう。消滅したら未来社会はなくなってしまう。メキシコの村が消滅した程度の小さいものなら、これまでも記録に残っている。

ブラックホールはガンマ線バーストを監視して発見できるが、ホワイトホールの発見は時空間の歪みを感知できる僕らイエネコにしかできない。そこで、猿から人間に進化する過程に僕らイエネコがタイムトンネルを通じて送られ、監視する羽目になった。

僕らはよく寝るって嫌味をいわれるが、誤解されても仕方ない。実は寝ている間、監視レポートを未来社会のセンターにアップしているのだ。もちろん、ほかのネコとも情報交換している。時空間の歪みがどこで起きているか、ホワイトホールが生成していないか。じっと集中していないと、通信できない。人間のように単に寝ているわけではない。

家に閉じ込められた僕らの仲間は、センターから業務怠慢と念波を送られる。といっても、物理的な空間を超えられない僕らの監視範囲は限られてしまう。僕らの壮大な役割を知らない人間は、猫かわいがりをするだけ。僕らの監視行動を抑えると、ホワイトホール発見が遅れてしまう。もっとに自由に監視させて欲しいものだ。

写真は、ブラックホールの爆発シミュレーション動画の一部(NASA/GSFC/Dana Berry)。

4月 23, 2006 ショートSF | | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年4月14日 (金)

忘却回路を回復する記憶回復帽 - ショートSF

最近若い女性に人気の帽子が、中高年にも静かなブームになっている。街には洒落たデザインのハッチングやキャップ、ベレー帽をかぶった女性に混じって、懐かしい山高帽、カンカン帽、カウボーイハットなどを被った中高年の姿も見かけるようになった。ターバンを巻いた人もいる。中には帽子とわからないようにカツラを被っているものもいる。

この帽子、実は記憶回復帽だった。25歳を過ぎると、年だ、もの忘れが激しいと悩んだ女性が、記憶回復に効果があるとホームページで評判を呼んだ帽子を被りはじめ、その効果がインターネットを通じて広がった。

この帽子、構造に秘密がある。外観は普通の帽子と変わらない。内側は微弱磁界を発生するソフトウェハーで覆われている。微弱な磁界で記憶を回復させている。

帽子を被って意識を集中させ、昔の記憶をたどる。クラスメートの名前を思い出せなくても、背が高かった、色が白かった、歌が好きだったなどの断片的な記憶を思い出す。すると、神経細胞(ニューロン)が興奮し、伝達路(軸索)を通じてほかの神経細胞に伝わる。忘れていたり思い出せないのは、昔繋がっていた神経細胞を興奮させられないから。わずか数万分の1ミリの隙間で向かい合っているシナプスを刺激できないからだ。

ソフトウェハーから発生する微弱磁界は、このシナプスを刺激する。強すぎても弱すぎても、シナプスの連鎖から記憶が回復するのは難しいらしい。記憶を回復するには、個人差もあり、適正な磁界が必要だ。

効果にも個人差があるが、特に長期記憶の回復には抜群。名前はもちろん、遊びに出かけた場所や会話など、次々と記憶が蘇って来る。シナプスのネットワークが部分的に回復するようだ。忘れていた本の貸し借りまで思い出し、相手に返したこともあるという。帽子を脱げば磁界も弱まるが、連携したシナプスネットワークはすぐには元に戻らない。記憶は維持され、頭は明晰になる。

この帽子のポイントは、意識を集中させること。記憶回路を司るシナプスが正しく連鎖しないと、昔の記憶は取り戻せない。集中しているときに、テレビの雑音などで他のことを想起するとやっかいだ。別なことに繋がるシナプスネットワークが刺激され、本来無縁な記憶に繋がってしまう。ありもしない記憶が、さも経験したように思い起こしてしまうことになる。もちろん、脳は賢明で、そんな記憶はないという、別のネットワークが働き、多くは自分の作ったウソと自戒する。ただ、この制御ネットワークが弱いと、ウソがあたかも現実になる。初戦敗退の野球が優勝ということになったりする。

記憶の回復とは、やっかいなものだ。

4月 14, 2006 ショートSF | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月 6日 (木)

妊婦が町から消えた - ショートSF

子どもができて驚いたのは、それまで見かけなかった妊婦が町のあちこちにいることだ。家で彼女の膨れ具合を毎日眺めたり撫でたりしているから、あの人はきっと8ヵ月かな、などと仲間のような気になったものだ。それまできっと妊婦が歩いていたり、電車に乗っていたりしていたのだろうが、脳の仕業だろう、見えていなかった。

ところが、この頃妊婦を見かけなくなった。見えていても脳がパスさせて認識させていないのかと、気を付けて眺め回してみた。お腹を出して反り返ったあの姿がない。

今日保健所で健康診断を受け、帰ろうとして衛生士の立ち話を耳にしてしまった。妊婦の安全のため、外出を遠慮してもらっているという。この頃不審者が増え、か弱い子どもや老人、障害者、そして妊婦が標的になっている。2006年頃はマスコミを賑わすくらいだったから件数もそれほどでもなかったが、10年も経って件数も増え日常化してしまった。町に出ないように指導していることが表沙汰になると、社会問題になるから、安全を名目に外出を控えさせているらしい。道理で町を歩いていないわけだ。

衛生士の話では、どうも不審者から守るというのは口実らしい。子供が生まれても育てる環境が厳しくなってだいぶ経つ。少子化に総合的な方針がないまま、行き当たりばったりの政策。児童手当の支給年齢を上げたのは10年ほど前。昨年には出産手当が無料になったが、選挙目当ての金銭的な補助ばかり。育児する環境は日に日に悪くなっていた。子どもの将来に夢を見いだせない環境には触れずじまい。人口減をその場しのぎで乗り越えようとしたのが、妊婦の家隠しだった。

この指導は、もちろん厚生労働省のもの。出生率が1.0を下回り、さらに高齢化が進行している中、出生児と母親を守り、死産や事故などを防ぎ、一人でも人口を増やそうと躍起になっていた。町から隠して無事出産にこぎ着けさせる。何ともお寒い、その場限りのお役所施策。できちゃった婚での出産が今や50%にも達しようとする昨今、当人たちの経済的な理由など意に介せず、産ませて人口減を少しでも抑えようということらしい。

もちろん産婦人科などの協力もあるらしい。激務でなり手のなかった産婦人科の医者だけでは足りないと、内科・外科を問わず、医者を動員して妊婦の自宅に派遣。お産婆さんも駆り出されているらしい。病院での診察は原則お断り。妊婦専用の健康器具を貸し出し、家での健康管理マニュアルも整備している。生け簀の養魚のようだ。

4月 6, 2006 ショートSF | | コメント (0) | トラックバック (0)