2010年6月 8日 (火)

知のインフラ再構築を 鳩山政権が残したもの 岩間 陽子

もう昨日になるが、毎日新聞夕刊に岩間陽子さんが素敵なまとめ方をしていた。

タイトルだけになるが、
知のインフラ再構築を
「変化と連続性」模索
長期目標の具体化へ
鳩山政権が残したもの

少しだけ異議をとなえると、
政治を政治家だけで考えるものと
決め付けてしまったことでしょう。
政治意識の高まりをもっと大きくする
チャンスなのだから。
政治を固定したものに見誤りがちで、
それをこれから取り戻せばいいのだから。

まだ誰も壮大で緻密な計画に気づいていないのだから。

これiPHoneからなので、入力に時間がかかる。

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2010年5月21日 (金)

権力中枢のひそひそ話 2

オット沢:
アメリカ政府のマスコミ対策って、すぐわかったよ。少しだけ漏らして、いかにも極秘だみたいに来るんだから。狐のしっぽって知らないのかね。

オット沢:
アメリカには、深読みができる近代主義者がいるのかい。

ハット山:
リアリティの積み重ねが予測を生む。どんな小さい事実でも、見据えていると大きくなる。これが現実しかものを見ないあちらさんの考えかたさ。

ハット山:
そもそも民主党が政権取ろうが、どんなことが起きても、まともに相手にしないさ。日本は属国だから。

オット沢:
敗戦、占領、そして日米安保だ。憲法なんて、小さいよ。基本的には、属国。軍事で守ってやっているのに、何をいう、という態度。

オット沢:
日本を憂えてしまう。アメリカ、どこにいっても、このスタンス。おれの僻みかとノイローゼになったこともあるよ。

ハット山:
半分は僻み。残りは、権力関係。アメリカは帝国主義。権力を堂々とかざす。日本人、弱いね。権力に。はいはいってことになる。

ハット山:
自民党時代、鼻持ちならないアメさんにペコペコする政府、議員、官僚……。自分でそう見られるから、たまらない。

オット沢:
二重権力構造って、マスコミは批判するけど、オレじゃないってこと気がつかない。アメリカがいるだろう、日本の権力の上に。

オット沢:
オレなんて、かわいいもんさ。どんなに騒いだって、属国日本のはぐれもの。

ハット山:
おいおい、そこまでひがまなくても……。でも染みてるよねぇ、カラダに、僻み根性が。アメリカ前にすると。

ハット山:
防衛とか経済とかの問題でない。あえていえば、安保の問題なんだ。このまま属国日本のままだと、落ちていくだけよ。

オット沢:
考えたね。腐っても自民党。権力を維持することはたやすい。でもアメリカとの関係は、変わらない。アメリカは、東洋の曖昧さなんか屁にも思っちゃいない。

オット沢:
合理的でありゃすべてOK。曖昧さは排除する。オレだって、曖昧なのは嫌いさ。でも曖昧になるわな。おっとオヤジが出てきてしまった。

ハット山:
アメリカとの関係を、できて1年にもみたいない政権が変えられるわけはない。相手は変える必要がない。だから長期戦略ってわけ。

オット沢:
でも、自民党の3首相に比べてしぶといね。そこを見込んでいるだけど。

ハット山:
どう考えたって、5年くらいは必要だ。その間に選挙何回ある? いちいち振り回されるようだと、君と分業している意味がない。文句言われたって、たかがしれている。

ハット山:
おぼんぼん。いい大人が子ども手当もらっている。しかも、それを知らないって。議員って、零細企業だよ。知らないわけないじゃないか。

オット沢:
マスコミは、表面しか見ないから扱いやすい。特に最近は。激変の流動化。昔なら自民党をカガミにして批判論を構築すれば済む。

オット沢:
いまは動きが激しいから、現実の動きに追われる。向かっている方向が捕まえられない。ときに指摘する評論家もいるが、ですね……とサジェス。

オット沢:
自民党時代とは違うと声を上げている本人が、同じ基盤で指摘しているだけ。おれら、安全なわけ。

ハット山:
アメリカとの関係変えるのは、個人の政治家ではできない。なにしろ、属国扱いのアメリカだから。

ハット山:
日本の国がアメリカにもの申さなくては、始まらない。ところが、日本は僕と一緒でお人好し。人に文句言って、何とかしようとしない。

ハット山:
ビジョンがない……、ほかの人は……。内向きの議論は得意だが、アメリカ向けて論じようとしない。せいぜい文化人並みの批評だけ。痛苦にもならない。

オット沢:
物事を見る展望がない。10年後を展望できないで政治は語れないはずなのに、絵空事ばかり。たたかれたら、はい。それじゃあ、批評ですらない。

5月 21, 2010 経済・政治・国際 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月18日 (火)

権力中枢のひそひそ話 1

オット沢:
普天間、今月末って、正直大丈夫なのかい。調子いいんだから。

ハット山:
君こそ、国会で恥さらしすることにしたんだろう。知ってましたといえば、すっきりするのに。

ハット山:
普天間かい。5月末、というのは「はじめの一歩」さ。ながい長~い歴史のほんの区切りさ。でも約束だから守らなくちゃ。

オット沢:
選挙さえ勝てば、そのうち忘れるさ。ちょっと心配だけど。何しろ君って、正直すぎるから。アホなマスコミ相手に力むこともないのに。

ここでちょっとタイム。
時系列を逆に読むと、どのようになるか。ただいま、テスト中です。

ハット山:
君は普天間が持っている意味を知らないね。僕が大きくしたから、大きすぎて、みんな目の前の対応に追われている。特にマスコミが。

ハット山:
いまはマスコミに騒ぎ続けてもらわなくちゃ。

オット沢:
マスコミは諸刃の剣だから、やけぼっくりになるぞ。マスコミはやっかいだ。

ハット山:
よくいうよ。手玉にとって、騒がせては脅して静かにさせているのは君だぞ。

オット沢:
マスコミの話は、またあと。普天間は……。おれは自分のことと選挙のことでいっぱいだから。普天間につきあえないけど……。

ハット山:
この前、マル秘でアメリカ政府筋が君のところ訪ねただろう。あれは術中さ。

ハット山:
アメリカがオレのこと信用できないと宣伝しているけど、実は読みが深いやつがいて、結構オレの動きを察知しているやつがいる。

5月 18, 2010 経済・政治・国際 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年12月14日 (月)

オバマ大統領、ノーベル平和賞、期待を裏切る

Nigaoe_09 国の新生と威信回復を担ったオバマ米大統領。世界一で、何でも我が思いが通ると信じて憚らない傲慢な世界観が当たり前、と疑わないアメリカ国民の支持を受けた大統領。

イラクこそ撤退を表明したが、アフガニスタンには増兵。泥沼に踏み込むのは、ベトナム戦争のようなもの。イラクからアフガニスタンに矛先を変えただけ。

にもかかわらず、核をなくすと演説したから期待が高まり、ノーベル平和賞受賞となった。受賞演説は悲しいもの。平和には戦争が必要。これまでの大統領はみなこう言って戦争続行。もっと広い世界観を! と期待したのは、現実を知らないと罵られる平和ボケらしい。やっぱりというか当然というか、残念。

アメリカは世界を治める国でなくてはならない、と信じて疑わない。これでは、平和賞をキャンセルする、という前例ない扱いをしても良いのでは。

12月 14, 2009 経済・政治・国際 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年10月26日 (日)

歴史の転換点に立ち会っている

最近、新書ばやりで、現代世相を批評する本を立て続けに読んでいた。その中で、1970年が歴史の転換点になっていると、日本の歴史を振り返っている本が多かった。もちろん、そんな本ばかり読んでいるわけだから、似たような切り口になる。

1970年といえば、大阪万博、三島由紀夫割腹自殺、よど号ハイジャック……。高度成長から安定成長、思想の混沌など、時代の転換点らしい。40年近くも前になるわけだから、一定の評価が下される時代になってしまった。

当時、自宅浪人にとって、時代と切り結んでいたことなど、ほとんどなかった。転換点に立ち会っていたといえるのは、その後の有り様や批評から得たこと。ただただ悶々とした日々だったが、三島の市ヶ谷での演説はテレビで見ているし、朝日新聞に掲載された写真に首が写っていたのも覚えている。大阪万博に関心はなかったものの、「こんにちは、こんにちは~」と三波春夫の歌が流れたのは知っているし、月の石が騒がれていることも知っていた。断片的な記憶が歴史の中で再構成され、転換点に立ち会っていたのか、と納得してみたりしている。

どんなドラマチックで大騒ぎすることでも、その時代には、そんな意識もなく過ぎゆくものだろう。1929年大恐慌で、世界中が大変な時代になった、と歴史書で知ると、みんな職がなくなり貧乏生活に突入、そして戦争に突入……とおぞましい印象を持ってしまう。でも苦難とも思わず、世界中が騒いでいても、生活は成り立って今日に至っている。

金融恐慌が世界を騒がせている。お金の動きがグローバルになり、しかも持てるものと持たざるものが極端な差でうごめいている。こんな世界が変わるはずだし、変わって欲しい。そんな歴史の転換点に立ち会っているのかもしれない。金融資本主義が変わりつつある。大恐慌時代のニューディール政策同様、統制にもとづく社会資本主義という時代に移るのか。日本のバブルが先鞭をつけた新しい時代の始まりかも知れない。50年後から見たら、そんな評価を下される時代に立ち会っているのかも知れない。そのときも、忙しく仕事に追われて汲々していた、と振り返るのかも知れない。もちろん、僕は振り返れないが。

10月 26, 2008 経済・政治・国際 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月19日 (土)

採用した教員には続けてもらうのが筋

大分県の教育委員会は混乱の極致。教育委員会丸ごと、教員採用で収賄の泥沼に浸かっていた。発覚したら、不採用のはずの教員の採用を取り消すと発表。前後見境もなく方針を出した。実に泥縄。事務局だけの責任ではない。委員会の責任を明らかにすべきだろう。長年の慣習として行われてきた採用贈収賄の温床を温めてきたのは、教育委員会そのもののはず。昔から教員採用試験には、コネの有無が問題になっていた。校長に知り合いがいないと危ない、と公然といわれていた採用試験。

採用された教員は、自分にバックがあって受かったとは思っていないだろう。知っているのは、親や親戚、議員、教育委員会関係者。なのに突然、君は後ろ盾があって採用された。本来なら不採用だった、などと宣告されたら絶望的。そうでなくても、報道以来そうかもと疑心暗鬼の日々。贈賄だけでなく、コネを使って働きかけた親や議員には猛省の必要があるが、採用を取り消すのはまちがいだろう。教育委員会の責任で、教員を続けてもらうのが筋。本来採用のはずの人は定員枠に関係なく採用する。増えた予算は教育委員会の責任で増額する、というのが責任の取り方だろう。

7月 19, 2008 経済・政治・国際 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年1月24日 (木)

ガソリン税を環境税に!

通常国会の焦点は、ガソリン税の特措税率をなくすか現状のままにするかのようだ。ねじれ国会で解散含みに持ち込みたい民主党の方針。自民党は先の参議院選挙で完敗したから、地方票欲しさに道路財源を残したい。

民主党の方針通り、税率を引き下げたら、税収を増やすことが難しくなる。財政難で国家破綻している現状。しかも高齢化で社会保障費が増える。収支が確実に悪くなる。消費税率を上げて税収を増やすことしか手がない。民主党の代案は、それはそれで頑張ってもらっても、財政危機は解消しない。

与野党の論点は、道路財源の話しばかり。地方の道路財源がなくなるわけではない。減るだけ。ガソリン税を一般税に振り替えるのも忍びないのなら、排気ガス対策、温暖化防止対策などガソリンで問題になる環境税を一部振り替え、残りを一般財源にしたほうがよい。いったん税率を下げ、税収を減らしたあと、足りなくなったから増やそうとしても現実には厳しい。消費税率引き上げが話題になっても、選挙前にはできないし、直後に選挙が控えていたらできない。これまでのように、ズルズル財政赤字を引きずってしまうだけ。

民主党さん、硬直な与野党議論をやめ、社会保障費の高騰と温暖化防止・環境保護に備え、環境税の創設で、ガソリン税と同じ額を歳入にしたら、もっと選挙対策になるのではないだろうか。

1月 24, 2008 経済・政治・国際 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月18日 (日)

書類が倉庫で見つかった!

C型肝炎のリストなど、書類が見つかったと記者会見。以前もそうだったが、騒ぎが大きくなると、出てくる不思議な書類。倉庫のどこかに隠れている。しっかりバインダされて。

大企業でもそうだが、役所では新聞などマスコミに出た内容は、担当部署だけでなく、関連部署などでも収集している。昼には切り抜きが回る。特に担当者は、外部の情報には神経質。役所は大人しくしているようで、マスコミ情報には上から下まで対応に追われている。担当者は情報を集めるだけでなく、関係機関に事情聴取をする。取得した情報は上から聴かれたらすぐに出せるよう、必ずまとめる。誰も知りませんでした、情報を得ていませんでした、などということはない、はず。対策がゴテゴテに回ってしまう言い訳を考えている。

それを情報がなかった、倉庫から出てきました、と言いつくろう。まったく責任転嫁。そんなことは普段していない。していたら担当者が叱責され、事後策を上司が検討する。何年も放ってはおかない、はず。収拾がつかなくなると、出てきましたと言い訳。これじゃ、役所じゃない。誰でも責任取りたくないから、ポッと出てきたことにする。責任のたらい回し。患者のことより、保身ばかりが先に立つ。あきれてしまう。以前政治家が秘書に責任転嫁してマスコミから叩かれたことがあるが、役所も当時の担当者が……と言い逃れ。担当者はしっかり資料集めて上司に報告していたのに、責任を負わされる。下々のは辛い。ひどい話だ。

11月 18, 2007 経済・政治・国際 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月 4日 (日)

してやったりの防衛省

インド洋での海上給油の時限立法が切れ、継続にやっきな防衛省。前次官の接待疑惑で揺れているような印象だが、きっと我関せず、過去の人、と飄々としているだろう。
それより、福田首相、小沢民主党党首とも、自衛隊の恒久派遣に乗り気で、国連の決議さえあれば世界中どこでも出て行くことになりそう。これには、きっとニンマリの防衛省。時限立法の違憲性など無視して進めてきた先には、恒常的な派遣で軍事力の誇示と国際貢献と、国連での常任理事国入り、さらにアメリカに追随して世界の警察へと歩を進めたがっている。そこに恒久派遣の論議。してやったりだろう。与党も野党も賛成なら、議論も起きず、国連の御旗の下、大手を振って世界に出て行く自衛隊。そのうち、自衛隊の名前も変えるだろう。いや、日本=世界なら、世界を守る自衛隊と豪語するのか。
世界戦略を、アメリカ追随以外の方法を持たない政府。経済力に軍事力を加えれば、済むはずもないのに。軍備縮小など考えていないのは当然のようだ。

11月 4, 2007 経済・政治・国際 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年10月23日 (火)

シビリアンコントロール

力を持つものは、その力を誇示したがるもの。軍事力なら特にそう。国威発揚になるなどと、勝手な論理を持ち出す。軍備を、そして自己を誇示しないと、存在価値がないと懸念するためだろう。自衛力などと曖昧な論理に支えられ、国際貢献という論理で海外実戦を経験できるチャンス到来と喜んでいるのが自衛隊幹部。軍事が持つ殺人という有り様を、国家論理で雲散霧消できる唯一の論理。自己を正当化できる唯一の論理が、危機。自己を縮小し、解消してしまうためのものなどと考えだにしない。

当然、人間の行為。負の出来事もある。単純ミスもあるだろう。あってはならないことだが、残念ながら起こりうる。起きたら隠す。自己の存在を誇示するためには、隠さざるを得ない。負が自己否定に繋がるから。軍事にミスなど許されないから。傲慢ともいえる自己存在証明のため、負は滅却される。軍事の論理展開の当然の帰結だ。隠さなければ、完全性が保てない。事務的なミスとか、連絡ミスとかの問題ではない。軍隊が持つ宿命だ。100%を求め、100%にならないジレンマ。

ミスを含め、オープンになどできるわけがない。オープンにしたら、仮想敵に知られてしまう。隠す。これが宿命。単純なミスで収めようとする背景こそ、問題だろう。すでに防衛省にまで格上げされ、軍事力を誇示することを戦略命題にする以上、誤魔化すことでしかこの場を収めようがないはず。力もなく声を上げても訳知り顔に頷く国会の面々は、騙されるだけ。軍事の持つ自己論理など考慮だにしない。国際貢献のごまかし、自衛力のウソをあぶり出すしかないだろう。

10月 23, 2007 経済・政治・国際 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月13日 (木)

首相の席って、孤独

FM放送で流れた首相辞任。あれほど頑迷に辞任を否定し、オーストラリアでは国際(アメリカ)貢献まで公約してきて、国会冒頭でも叫んでいた安倍首相。誰もが国会乗り切りは大変と読んでいた。民意が読めないとか、頑固だとかいわれていた。稀代の世事に疎い権力者と思っていた。突然の辞任。

きっと気合いが抜けたのだろう。党役員人事と内閣改造で乗り切りを計ったが、党と内閣の中枢が、自分の思い通りに動かない。これまでなら、首相、首相と顔を立てていた。人事一新したら、勝手に裏政治をはじめた。権謀術数の世界に馴染んでいなかったのだろうか。首相を無視して進む裏政治に嫌気さしたのだろう。仲よしのお友達が周りから離れ、首相、首相と水向けてくれなくなった。1人になれば、孤独感が増す首相。裏切られたとの思い込みで、にっちもさっちも身動き取れなくなったのか。

周りが勝手に動いているように見えるのは、求心力がなくなったのとは違う。見えるだけで、自分から声をかければ、権力をつぶそうという動きではなかったのかもしれない。見えてしまう関係に映ってしまったのだろう。いずれにしても、孤独感が身に滲みたのかもしれない。思い通りに動かなくなると、誰かのせいにしてしまう。または、誰かのせいにしたがる。すでに権力者じゃなかったってこと。権力者って、孤独。

9月 13, 2007 経済・政治・国際 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月 9日 (日)

領収書コピー

領収書をコピーして張る、などということをまったく知らなかった。領収書って、品物などの代金として支払ったことを示すもの。品物などは1つ。どこから出たお金かを示すために、収支報告書などに添付する。どの法人、団体などから支出していることがわかる。その領収書をコピーして、ほかの団体にも添付して多重計上し、支出したことにしたお金を自由裁量で使う。

こんなことがまかり通っていた政治団体の会計って、不思議。それも1つや2つではない。次々と出てくる。1政治家がやっていることではない。政治家や秘書、政党などが、当然のようにやり、ほかの人にも勧めていたとしか考えられない。業界ぐるみでやっているとしか考えられない。

まちがいでした、事務のミスでした……。言い訳は、相変わらず誰かに転嫁。そもそも領収書をコピーすること自体、犯意が潜んでいる。ほかに使おうとしている。コピーしておいて、ミスでしたなどと、分かり切っているウソを平気で語る。訂正すれば、何ごともなかったかのように済ます。コピーするという犯意には触れない。なんとも呆れてしまう。

領収書コピーが広範に広がっているのだろうか。世間知らずなのは、こちらなのか。驚くほどの錯誤。金銭感覚が失せ、誤魔化すことが日常的な政治家の姿勢は、信に値しない。コピーしたら辞職し、再度立候補できないようにするくらいの毅然たる姿勢が必要。

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2007年8月17日 (金)

参議院選挙結果

選挙当日は、マンションの夏祭り。9時から1時間ほど準備したあと、選挙に。祭りの後片付けのあと、気になっていたがご苦労さん会が9時頃まで。やっと家に戻ると、テレビが自民党大敗を告げていた。マスコミの予測どおり。これまでマスコミ予測には裏切られていたので、自民党が大きく落ち込むとは信じていなかった。どのチャンネルに回しても似たような結果。消費税が争点になって社会党大勝利の選挙以来の出来事。

自民党の大敗は常々期待していた。が、その受け皿が民主党大勝利とは。

以前義理もあり、民主党というより、その議員に加勢していた。亡くなると、特に民主党を支持する理由がない。いま自民党を利したら、政治が貧困になる。なら民主党でも……といういい加減な投票行動。

以前の自民党には、幅広い層が結集していた。自民党を割った利権屋や構造改革派が中心の民主党って、旧自民党の一翼。残された利権屋、役所任せ派、保守派が新保守主義でまとまっているのが現自民党。要は、どちらも旧自民党。

年金3分の1未払いを解決する政策を出せない。イラク開戦のまちがいを正せない。目の前に迫った消費税増税をひた隠す……。どれひとつ取り上げても、自民党・民主党、変わらない。選挙結果で騒いでいるのは、国会周辺。

ただ民主党が参議院で過半数を制したことは、新保守主義政治に歯止めがかかるかもしれないという、これまた甘い期待を抱いてしまう。困ったものだ。画一的な思考と政治手法が突き進む政治は、多様性を是とする世界を押し潰しつつある。先見性のない政治手法が、将来のイメージを暗くする。そんな政治状況を、衆参逆転で好転できるか?

8月 17, 2007 経済・政治・国際 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年6月30日 (土)

ふるさと税と地方交付税

昔から3割自治といわれた。地方自治体が自らの施策として使える税金が3割。残り7割は、お国の紐付き。国の仕事を代行するために施される地方交付税などだ。

地方自治が声高に叫ばれて久しい。でも、必ず裏があった。今回は、国の財政危機で、地方交付税を減らしたもの。減らしたら、地方自治体はさらに苦しくなる。人口が多く住民税が豊かな都市部から地方に税金を移そうと、考え出された妙案が「ふるさと税」。うまいこと誤魔化したものだ。

元来人口の少ない地方自治体は、税金が少ない。当然、税金が多いところに比べ、施策が貧弱になる。そこに税金を投入して格差を減らす。これが税金の有り様。人口比で税金を決めたら、人口の少ないところほど、政策が貧弱になる。税金とは、お金持ちから取って、政策が行き届きそうにないところや人たちに、政策として使うもの。人口の少ない地方を切り捨て、悲鳴が聞こえたから、都市部から税金を動かそうとする。国の責任をいい加減にして、地方どうしで喧嘩させるようなもの。

国の政策が財政危機で綻びていることを隠し、増税を言い出せず、とにかく交付税を減らすとなると、地方は疲弊してしまう。国に入る税金を変えずに、地方の税金を動かすには、都会から地方へ、と考えた代物。調子いいです。いつもお国の都合でしか、地方を見ない発想は相変わらず。いぜん都道府県知事会が地方自治の拡大で提言したら、それを逆手に取って、交付税を減らしてしまった。

財政危機を長期的に検討した結果が去年や一昨年に騒がれていた。選挙前の今年はダンマリ。選挙が終わったら、既定事実のように消費税増税を持ち出すのだろう。本当にいい加減な方針だ。

6月 30, 2007 経済・政治・国際 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年2月27日 (火)

議員定数

地方自治体の首長が、談合などに関わって逮捕、辞職が相次いだ。予算規模が小さいとはいえ、自治体トップが動かせる金額は大きい。有無を言わさぬ鶴の一声とはいかないが、役人にとっては逆らえない存在。加担して連座してしまう幹部まで出た。役所の仕事を請け負うものにとって、取れるかわからない一般入札より、お上からのご指名があったら幸い。談合が生まれる素地がそもそもある。

首長や役人の汚職が生まれる素地があるからこそ、チェック機構としての議会がある。談合や汚職を追及できなかった議会も、ごめんなさいと解散してもよさそうなもの。解散はないから、総辞職が議員として最低の倫理。にもかかわらず、どの地方議会でも総辞職→選挙が起きていない。議会の機能が停止している。元来、4年間無事勤め上げるだけ。問題が起きれば、マスコミと一緒になって騒いでいるだけ。火の粉が降りかからないように、人様の出来事と我関せず。

名誉職になっている議員なら、辞めた方が良い。もっと行政をしっかりチェックする必要があるのに、問題にフタをするのが議会。なら、議員定数を減らして切磋琢磨させる必要があるが、この議員定数、変えることはできても、犠牲になるのが自分達だから変えない。国会から地方議会まで、いったん決まった定数を変えるのは至難。議員の生活がかかっているから。でも、チェックもしない、失政にも責任を執らないのなら、議員定数を減らすしかない。

議員定数は、あらかじめ決まっている。これをやめて、選挙人総数の何パーセント以上を取ったものだけを議員にする。そのパーセントを少し高めに設定する。議員数が決まらないが、たくさんいればいいなんてことはないはず。

これまでの定数ギリギリの候補者で、無選挙に近い事態はなくなる。名誉職なんてのんびりしたことをいっていられない。票読みして何番目ぐらいに入るなどと胸算用が無用になる。とにかく投票数を増やさないといけない。選挙が少しは活気づいて政策論争に熱が帯びるだろう。なにしろ、無党派層が多いのだから。

2月 27, 2007 経済・政治・国際 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年2月17日 (土)

財政破綻

気:お国、火の車なの知っている?
元:財政破綻だろう、800兆円の累積債務。10数年の国家予算、何もしないで払うしかない計算。呆れる。

気:でも、騒いでいないね。対策も出てこない。
元:余りの金額に口も出ないんだよ。対策いっても、近視眼的な処方術だけ。根本的な荒治療なんて、政策にならない。

気:徳政令だね。借金って国債だろ。国債抱えているの、銀行だ。この前までしっかり銀行支えたのがお国だから、この際チャラって、どうかな?
元:暴言そうで、現実味あるね。
でも、この財政破綻、自民党政治のせいだ。どこか自民党に取って代わって、財政一新の政治やらなくちゃ、始まらない。自民党下野させなくちゃ。

気:対抗馬が民主党じゃ、似たり寄ったりじゃないの? 政権交代と騒いでいるが、自民党出た人間ばかりじゃ、変わらない。
元:いや、とにかく増税、消費税10数パーセントにする、財政を立て直す、と叫んで、それだけを叫んで選挙に打って出る政党があれば、勝てるかも。

気:そりゃ、選挙にならないでしょう。負けるに決まっている、税金争点で。しかも税金上げるのが公約なんてムリムリ。
元:でも、財政破綻にほっかむりして知らぬ顔決め込むより、税金上げて、次代の破綻を救うのは今だ、と叫んだら、現状が何か、見えてくる気がする。自民党のばらまき政治をやめさせないと、社会保険や年金なんて話でなくなる。

気:消費税10数パーセントを争点に勝てる、なんて政党ないね。お役人だって、お手上げなんだから。
元:騒いで目を覚ましてもらわなくちゃ。でなくちゃ、徳政令だ。まずは銀行の借金、棒引きさ。

気:勇ましいね。
元:本当は、お国のことより、自分の方がもっと大変なんだけどね。でも、このままじゃ、誤魔化しが累積するだけだよ。

2月 17, 2007 経済・政治・国際 | | コメント (0) | トラックバック (4)

2007年2月11日 (日)

本田由紀「教育再生会議を批判する」に納得

鳴き物入りでスタートした教育再生会議。安倍政権の目玉のひとつ。さっそくいじめ対策で授業出席拒否など物議を醸している。目先のことにとらわれる典型的な政策。いじめが教師の前に現れたときは、すでに子どもたちの関係が進んでいる。いじめのチクリから始まる、別様の関係に展開する。単に強圧的な態度だけでは、その場凌ぎの対策でしかない。

教育再生会議の杜撰さにしびれを切らしたのだろう。朝日新聞、1月29日の「時流自論」に本田由紀「教育再生会議を批判する」が出た。論点を、学力低下とゆとり教育の見直しに絞って簡潔に語っている。行間だけでなく、文章自体も憤っているのが最後の文章からもよくわかる。

「今回の報告のように手前勝手に「愛」や「規律」「奉仕活動」を押しつけても、子どもたちは一層内面的な離反を強めるだけである。」

本田由紀のことは詳しく知らないが、新聞紙上でここまでこき下ろしてるのは、教育の朝日新聞だからだろう。

最近、子どもの学力低下が叫ばれている。実証的な調査結果からではなく、風評と国際的な比較調査結果などから騒いでいる。国際的には、インドに限らず、どの国でも教育に熱を入れて次代を育てている。その調査結果、ランキングのみを見ても意味がない。昔と比較したら、学力格差が減っているようにも思える。格差が広がっているというが、いつの時代と比較してか不明で、感想の域を出ない。

子どもにばかり視点を定めるが、子どもの方がよくわかっていて、勉強して成績上げて何なる! と冷めている。昔ならいい大学入って、大企業に入る、という「夢」があった。親は、自分の教育のなさを子どもに託し、子どもは親の期待を背負って、大人になるべく勉強もしただろう。(ちょっとパターン化しすぎだが……)
テレビなどでもよくわかるが、子どもにとって、大人は近しい存在になった。大人の素行だけでなく、大企業、お役人、弁護士など、大人の作っていた世界が魅力的でベールに包まれるものでなくなり、魅力を失っている。大人になるのは、心が汚れていくようで、あまり期待したくないものと映っている。

このような社会状況が大きく、子どもの現状に影響している。いつも子どもは大人の世界をよく見ている。にもかかわらず、子どもだけに勉強しろ、いじめるな、と叫んでも、大人の世界が魅力を失いつつある現実には、迫力を欠いてしまう。政府の政策なら、もっと根本的な、大人の世界を活気ある魅力的なものにする、という政策が先だろう。リフレッシュ計画じゃないだろう。
20才を過ぎた子どもたちが、年金を払っても、自分達が年寄りになったら貰えないんだろう。ならいま払わない、という単純明快な論理と同じで、大人になってもつまらないのなら、無理して大人にならなくてもいい……という冷めた考えがあって当然だろう。

話はかなりずれてしまったが、本田由紀の文章は、納得できる内容だった。

2月 11, 2007 経済・政治・国際 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月29日 (月)

参議院選後、要注意!

今年の政治課題は、夏の参議院選挙。安倍首相にとって、はじめての大型国政選挙。参議院選対から負けそうと粘られ、郵政民営化に反対した元自民党代議士を、理を通さずに復党させた。さらに、訳のわからないホワイトカラー・エグゼンプションを選挙に負けそうと引っ込めた。通常国会の数々の争点を、選挙でやばくなるからと、次々とぼかしている。

憲法改正を選挙の争点にすると、言い出した。これから、選挙のマニフェスト作りに躍起になるはず。

でも、選挙終われば、別のスケジュールが組まれている。財政破綻を消費税増税で乗り切り、サービス残業を合法化し、強権政治を突き進む。選挙前だけ、受けのいい政策並べ、情勢が変わったとほっかぶりを決め込む。これが、今年の流れ。マニフェストなんて関係ない。政策なんて、コロコロ変える。選挙さえ勝てばいい、という調子。

半年先の国政選挙がこの調子。こんな茶番がわかっているのに、裏政治が見えているのに、選挙じゃぼろ負けしない。政策じゃなく、人気投票に化した国政選挙。何とか誤魔化しを暴かなくちゃいけない。でも、この時期から、こんな予見を披瀝すると、まずいと軌道修正してしまうだろう。結果、自民党の思うつぼ。政策で争う選挙や国会にならないものかな。

1月 29, 2007 経済・政治・国際 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年1月 9日 (火)

ホワイトカラー・エグゼンプションとサービス残業

またまた訳の分からないカタカナ語が現れた。安倍政権になってさらにアメリカ寄りになったからか。ホワイトカラーだけなら白いワイシャツ着たサラリーマンと想像できる。なに、この「エグゼンプション(exemption)」? 労働時間規制の適用を免除する(exempt)ことだって。サービス残業を公に認めてしまおうってことらしい。

安倍首相は、日本人は働き過ぎだから、労働時間が短くなって家で過ごす時間が増え、少子化対策に効果的、といったそうだ。風が吹けば桶屋が儲かる式の泥縄論理。ここまで発展させるか!

すでに管理職では、管理職手当に残業代が含まれ、いくら残業しようが残業代が出ない。これを一般の社員にも適用してしまおうというのが、ホワイトカラー・エグゼンプション。サービス残業という意識で、この残業は働いてやっているんだぞ、残業代くらい出してよ! と頑張っているサラリーマンに、残業代の根拠を剥奪する、怖ろしい制度だ。残業しても残業代が貰えなくなる。

外資系に限らず、年俸制が導入されている職場では、残業代はない。仕事の成果などで年俸が決まってしまう。忙しいからといって報われるのは、年棒査定のみ。この年俸制と同じようなことになる。ただ報われることはない。年棒査定のような制度はなく、これまでの月給制で行うらしい。

これまでフレックスタイム制を導入した会社では、残業代がカットされる効果を生んだらしい。夜遅くまで残業していたら、翌日は昼時の出社。そこから8時間労働では、また夜遅くなる。朝9時から働いて残業時間に突入するのに比べ、残業時間が減るのはよくわかる。ただこのフレックスタイム制って、社員が揃わない、士気が下がるなど、経営者の思惑が外れ、大手では止めてしまったところが結構多い。

降って湧いたホワイトカラー・エグゼンプション。残業時間を規制している労基法を変えて、人件費を圧縮しようという企み。残業してまで頑張っている社員に当然の支払いとしての残業手当をカットし、残業して当たり前という雰囲気を醸成しようということらしい。サービス残業が非合法なのを、別の形で合法化しようとするもの。ひどい話だ。

基本給が安いんだから、残業代くらいしっかり払わないと、そのうち大事な社員が働く意欲をなくしたり転職してしまうってことに思い至らないのかな? 不思議な話だ。

1月 9, 2007 経済・政治・国際 | | コメント (0) | トラックバック (3)

2006年12月19日 (火)

名前連呼で騒がしい地方選挙

地方議会の定数は、確か地方自治法で決まっているようだが、根拠不明ではっきりしない。人口に比して多くの議員を抱えている自治体もある。多くの地方議員は、陳情を自治体に斡旋するのを生業としているようだ。それなら、それほど多くの議員はいらないはず。どの党派でも選挙民向けにいい顔する。無党派でも同じ。住民の陳情が無理難題と分かっていても、紹介してしまう。主義主張なんて関係ない。地方政治だから、世界や国家のことは、触れようともしない。触れても権限なしと思い込んでいるんだろう。つまり、ご近所の苦情を役所に通すだけ。もう少し政治に携わって欲しいもの。

そんな議員を選ぶ地方選挙。朝も早くから名前の連呼。宣伝カー、駅前、自転車……。とにかく、名前だけ浸透させようとやっき。もちろん、名前も知らない人がたくさん立候補するのだから当然かもしれないが、政策をいわない。「おはようございます。○○です。○○です。」こればっかり。駅前には何人も候補者が並び、名前の連呼のみ。政策を訴えれば、目立つようなものだが、そんな正義感溢れる御仁は見かけない。誰かが連呼すれば、負けずとがなり立てる。

土日ともなれば、宣伝カーでわめき立てる。この選挙戦、もう少し何とかならないものだろうか。もっと定数減らせば、名前の連呼だけでは票は集められなくなるのでは……などと腹立ってくる。どうせ4年間何をしているか、ほとんど分からない議員活動。名前を連呼するだけの候補者には、ご辞退していただくわけにはいかないのだろうか。きっと無理なのだろうから、やはり定数を減らすのが最善の策か。

12月 19, 2006 経済・政治・国際 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月11日 (月)

地に落ちた天の声

誤解していた。使のように、童女のような柔らかで包み込むような響きの声で、まるで天使のように語りかけるのが「天の声」と勘違いしていた。少し大人になって、まみえることもない遠い存在のトップの、鶴の一声のようなものと理解が進んだ。有無を言わせぬ言葉なのだろうが、そこには慈悲溢れる内容が込められ、決することができない判断を誰もが納得できるものとして下してくるものと思っていた。なるほど、お上のいうことはごもっとも、と頷く次第。

道教などでは、占いを通じて先祖の霊から受けたご託宣のようなものを指すらしい。天使という西洋的なものではなく、天という東洋的なもののようだ。

多くの権力を身に付けた権力者は、権力の持つ傲慢さと横柄さに常に謙虚である必要がある。権力の自己増殖性を戒めることで、己の権力性を否定する、という大胆な思想を持って欲しいもの。権力の快感を自制し、針のむしろに座ったようにして、権力の肥大化を意識的に抑えなければならない。残念ながら、人は権力に弱いものだから。

このところ、県知事の権力性が騒がれている。おそらく県知事たちは高を括っていたのだろう。前任者も、そしてこれまでも問題にならなかった。どこでもやっている。自分だけが問われるはずがない。誰だってやっている。検察が暇になったから、風向きが変わっただけ。人のため良かれと思ってやっていること、とやかく騒がれる筋合いではない、と。
確かに権力を笠に着て、露骨に私腹を肥やすことはしなくても、傲慢に権力を打ち下ろすことはあるはず。権力者ならしてしまうことだろう。使命感が強ければ強いほど、権力性を露わにする。背後に、一人自分だけではない、という経験的事実がある。自分だけが腐っている訳じゃない。世間が腐っており、その腐った世間から選ばれたのだから、腐りきっても許されると思っているかのようだ。

か弱い自分の声が、天の声としてお触れの如く、世間を一人歩きしはじめることが、権力の成せるわざ。

世間では騒ぐけど、権力性は大変根が深い。自己否定の積み重ねによって果たし得る、それこそ「天」の世界のこと。権力の虜になることを戒め、鎧を脱ぐ必要があるが、すごく難しい問題だ。権力者たるもの、意識的であって欲しい。正直いって、期待してはいないのだが……。

12月 11, 2006 経済・政治・国際 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月 5日 (火)

先生をいじめるんじゃない! 教育再生会議

安倍首相の肝いりで始まった教育再生会議。教育の現状を憂え、政策の最重要課題と位置付けた安倍政権。教育立国というなら、教育に予算を重点配分して、子どもたちが素晴らしい教育を受けられるようにして欲しいもの。もちろん、教える側の先生を厚遇するのは当然の話だろう。

ところが、マスコミで騒がれている「いじめ自殺」に乗って緊急提言を行った。いじめをなくすという口実の元、学校現場を統制しようというもの。先生を優柔不断な教育者と、縛りをかけ、有無を言わせぬ体制にしようとしている。

そもそも、これまで教育の変革とか、抜本改革、総合教育、ゆとり教育など、いろいろと品を変え、現場を混乱させてきたのは、政府の教育政策。そのたびごとに振り回されるのは、現場の先生。その先生を、さらにいじめようとしている。強圧的に子どもを出席停止にしろ、と方針を出しても、実行するのは先生。子どもと対しながら、いろいろと対応を模索している現場に、強権的処罰を課せとは、ただ事じゃない。

いじめ対策が一朝一夕で解決できるものじゃない。先生が何もしていないわけじゃない。子ども一人一人が違うし、仲よしや友達、排他的グループなど、集団でも異なる。しかも、時間の流れで、関係も変わってくる。日々流動する子どもたちの関係に割り込んで、一方的に処罰を与えれば、それこそ「教育的効果」を考えながら対応している先生の思惑は吹き飛んでしまう。長い目で見ることだって必要。緊急な対応も必要。しかも、子どもの関係だけに目を向けるわけにはいかない。学習内容、クラブ、校外活動、教師同士の軋轢、校長などとのつばぜり合い……。教師が抱えていることは、多い。いつも手を抜いている訳じゃない。にもかかわらず、一方的に処罰しろと命令する。教育を知らないで、教師いじめに走る、それが教育再生会議だ。

学校現場で起きた問題がマスコミで大きく取り上げられると、決まって先生がダメだとなる。本当かい? と疑ってしまう。いま先生を守らないと、またいい加減でコロコロ変わる教育政策の餌食になる。いじめがいけないなら、教育再生会議こそ、先生をいじめるんじゃない!

※※※※※※※※※※※※

サーバーが停止するため、12月7日(木)15時まで、投稿できません。12月6日はお休みし、12月7日は午後遅くの投稿となると思います。ご了承ください。

12月 5, 2006 経済・政治・国際 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月13日 (月)

意外と差がつかなかった米・中間選挙

選挙前の予想から共和党の惨敗を期待していたが、意外と健闘してしまったアメリカ中間選挙。イラク戦争が争点だった。泥沼化しつつあるイラク情勢を見て、米軍撤退の票がもっと民主党に流れるかと思いきや、結構踏みとどまってしまった。大惨敗でもしなければ、撤退とはいかない。

ラムズフェルド国防長官が責任を取って辞めさせられた。この人の開戦理由、まったくのウソと発表があっても居座り続けた人。ブッシュ大統領も国防長官の首切って、事態収拾を図っている。でも本質的に、悪者を仕立て上げ、世界の警察として裁きをつけるという発想自体は変わらないから、アメリカの外交戦略が大幅に変わる訳じゃない。善玉、悪玉という二分立で、世界を色分けするなんて、不遜な態度。パックス・アメリカーナがまかり通るという傲慢さ。この態度が変わらない限り、混沌は続いてしまう。

もっと惨敗していれば、米軍撤退ということもあり得たのに。ベトナムのように。
そして、沖縄だけでなく、日本や韓国からも米軍が撤退すれば、軍事的緊張が少しはやわらぐはず。ブッシュ大統領が進めてきた強硬な軍事戦略が、世界の平和を脅かしてきた。大惨敗なら、少しは話し合いのテーブルに着くことにもなったのだろうが。

でも、共和党の惨敗には変わりない。きな臭い外交・軍事戦略が少し変わるのを期待するしかない。

11月 13, 2006 経済・政治・国際 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月 5日 (日)

政治じゃ許されない勧善懲悪

気:ねぇ、テレビの時代劇、見る?
元:夜8時頃だろ、そんな時間にテレビの前にいた試しがない。見たのは、相当昔だね。あまり見たくもないけど。代官様や黄門様が、悪いやつ懲らしめる、ワンパターンのドラマだよね。

気:そう、やっぱりね。じゃ、映画の西部劇は?
元:昔少し見たけど、これも勧善懲悪ものだよね。何かあったの?

気:いやね。ドラマや映画なら、勧善懲悪ものってスッキリするらしい、見ている人にとって。現実の世界じゃ、悪いやつや気にくわないやつ、懲らしめることってできない。ストレス堪っているところに、これ見るとスッキリ。
元:現実じゃ、おかしいとか、悪いことしてるって思っても、諭すことは難しい。権力持っている人には、特に逆らえない。そんな現実、みんな知っている。時代劇や映画で悪懲らしめるようなことって、現実にはないよねって知っている。現実は、はっきりと誰が悪いといえないことが多いから。

気:そう、仮にあの人が悪いってことになると、袋だたきにする。
現実にはあり得ないから、テレビや映画だから、ものごとスッキリさせているだけ、って知っている。それを映画ばりに、政治の世界でやろうとしている人が多いから困ったもの。
元:そこに話行く訳ね。
米大統領ブッシュ、前首相小泉、現首相安倍、北朝鮮の金正日、ロシアのプーチン大統領……。最近、政治のトップに立つ人たち、何か焦っている。悪者をこしらえて、征伐したがっている。勧善懲悪を果たそうとしている。

気:だよね。格差社会って言葉あるでしょ。これも、意図的に階層を作り上げ、低い階層を救おうと政治が持ち出しているって側面あるよね。何か、きな臭いよね。
元:面白いこと言うじゃない。確かに、現実をパターン化して、悪を懲らしめるって、時代劇や西部劇のようにいけばいいけど、生身の人間が関わっているから、そんな訳にいかない。まずい側面もあるが、それなりの理由もある。一方的に懲らしめるなんて訳にはいかないのが政治の世界。なのに、圧倒的軍事力で叩いてしまう。変だよね。

気:でも困ったことに、テレビや映画で見ているように、勧善懲悪の政治見て、喝采を送る人もいるから、さらに困ったもの。
元:そう、この前の衆議院選挙。郵政法案に黒白付けるって、騒いで、反対するもの落としてしまった。勧善懲悪政治だよね。郵便局民営化して本当にいいのか、民営化の方法はあれでいいのかって、どうでもいい。黒白付ける。これだけが争点。悪は懲らしめる。イラク、イラン、北朝鮮の3国を悪の枢軸って決めつけ、叩きつぶそうとする。複雑な事情があるのに、分かりやすい構造を作り上げ、叩け叩けってことになる。これが世界で起こっている事態。変だよ。
単純化してマスコミ受け狙って、選挙で勝つって手法がまかり通ると、みんなその方向に流れてしまう。まずいよ。ストップ、勧善懲悪政治だね。

11月 5, 2006 日記・コラム・つぶやき, 経済・政治・国際 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月27日 (金)

北朝鮮拉致問題での重点放送命令は、報道統制

組閣したばかりの安倍政権、さっそくタカ派的な動きに出た。
先日、菅総務相が、国際短波ラジオ放送で拉致問題を重点的に取り上げるよう、NHKに命令を出す意向を表明した。国民的同情を集める拉致問題を利用した、国家権力による報道規制。

政府は、これまでも報道統制や報道規制を画策してきた。昨年だったか、南京虐殺など先の戦争での責任論をテーマにしたNHKの番組に事前にクレームが付いた。新聞では、安倍さんも絡んでいたように書かれていた。

テレビ、ラジオ、新聞などの報道は、すでに自己規制と称して、政府や権力者からのクレームが入らないように配慮している。国家権力はときとして横暴になる。これをチェックし歯止めになるのが、情報を持つ報道の役割。情報を持たない国民にはできない抑止力を持つのが報道。

この報道に公然と介入しようとしている。一度介入し始めたら、歯止めが利かなくなる。国民的同意の御旗の下、悪=北朝鮮を懲らしめるというだけに留まらない。北朝鮮を目の敵にすることで、国際関係の緊張化を醸成し、防衛力強化や国家主義的な政策を遂行しようとしている。米ブッシュ大統領のイラク・イラン・北朝鮮の封じ込め軍事政策に加担し、東アジアでの緊張感を作り上げる。外的な緊張を、国内問題に派生させ、国家主義的な政策を実行する。

拉致問題を利用するのは卑怯も甚だしい。報道規制をしても国民的な同情があるから安心と強引に進めようとしている。国家権力による報道規制は、9.11以来のアメリカでも強引に進められている。この流れは、テロという恐怖をあおって締め付けている。イラク戦争の開戦理由がまやかしだったように、情報を持つ権力の横暴がまかり通るようになってはいけない。菅総務相や安倍首相の怖ろしい企みは、やめてもらいたい。

10月 27, 2006 経済・政治・国際 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月 5日 (木)

盛り上がりに欠ける安倍内閣提灯記事

新内閣が誕生すると、提灯記事が踊るマスコミ。安倍内閣もいろいろもてはやされているが、どうも雰囲気がよろしくない。ファーストレディーなる奥様のフレッシュな話題はあるが、取り巻きで固めた党・内閣人事。論功賞で表に登場した、機を見るに敏な人々。そこが見えてしまう。

日本では首相が短命で、2~3年でコロコロ変わり、結局、官僚のいいなりに政治が進むのが特徴だった。どうせ短命とマスコミの提灯記事も華々しかった。あの首相の器から甚だしく遠い存在だった森首相も、持ち上げ方といったら異常だった。
ところが、5年以上続いた小泉首相。この間、首相が変わらなかったので、首相交代劇の提灯記事、権力闘争記事の書き方を忘れたようだ。

もちろん、大勢が安倍首相に流れて、権力闘争にもならなかったが、提灯記事を書いても浮ついてしまって、こりゃないよねって記事にできなかったことが多いのだろう。持ち上げるだけのサプライズもなかった。しかも、威勢のいい発言がない政治家。どうしても落ち穂拾いのように詮索するしかない。

小泉首相の計らいで、マスコミが毒牙を引き抜かれてしまったのだろう。マスコミ、特にテレビが政治ワイドショーとして、面白いネタにばかりに目を向けさせてしまった。その陰で進行してしまった社会保障や年金、高齢社会などの、今後の日本を揺るがす大問題も、真面目すぎて継続的に取り上げられないまま、面白い話題を追いかけてしまっていた。ネタ探しに狂奔するマスコミにとって、安倍首相は人気とは裏腹に、大変地味。マスコミ受けしない。かといって、森首相のように毒もない。結局、鳴かず飛ばずの提灯記事に収まってしまった。

どうせなら、あやふやな政治姿勢を質す、というマスコミの本領発揮を期待したいもの。中途半端な提灯記事より、新内閣にも、政治家にも、政治そのものにも効果的だが。

10月 5, 2006 経済・政治・国際 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月11日 (月)

イラク戦争の開戦理由とアメリカ文化

9月8日のアメリカ上院情報特別委員会の発表によれば、フセイン政権の大量破壊計画や、国際テロ組織アルカーイダとフセイン政権との関係がなかった、ということ。あれほど騒いで戦争にまで至った開戦理由が否定された。ブッシュ大統領の世界戦略、国際的警察・軍事支配の根拠が奪われた。開戦理由を否定されても、フセイン政権は倒れ、内戦に至るというイラクの現状は、覆せない。

9.11以降、国家的危機を全体主義的な政策と軍事力で突っ走ってきた政治の流れを止めることは至難。アメリカ国内の意識が国家的な求心力を持って、他を排除するという力学が支配してきた。これがブッシュ政権を後押ししている。

一方で、アメリカの怖ろしいことは、現政権の恥部を露わにする勢力がいること。日本なら、開戦理由がなかった、などと批判できない。時の政権に楯突くこと許されない。アメリカの健全性の証明と見られ、民主主義が働いていると賞賛されてしまう。アンチが許され、正当な権利として公にできるのは素晴らしい。ブッシュのいいなりになった小泉首相なんか、どう言い訳するのか。

アメリカの素晴らしいところは、権力闘争が公開されること。ただ9.11以降の全体主義的な傾向は、一方の健全な論調を圧倒して独善性が露骨になっている。アメリカ文化が変わろうとしているのか。

先週の日経新聞夕刊、青山南氏の「米国文化の原風景」にもあるように、アメリカ文化はこれまで全体主義的な傾向を持っていなかった。国家としてのまとまりより、「転がる石のように」移動をその精神的なコアとしていた。そこに自由な精神があると信じていた。定住せず定職せず、次々と変わるのが、成功の秘訣と信じて疑わなかった。この自由がアメリカの脅威の発展を支えている。日本のように定住性と生涯安定という思想は少ない。場所や家を変え、仕事を変わりながら、人生を楽しんでいく。そんなローリングストーンな文化には、全体主義は馴染まない。日々変わることによって発展があるという進歩史観にくたびれてしまったのだろうか。

軍事力・経済力を兼ね備えた国家主義が、全体主義的な文化の後押しを受け、世界を縦横無尽に荒らし回るのは、ご勘弁願いたいものだ。

9月 11, 2006 経済・政治・国際 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年8月 7日 (月)

イスラエルのレバノン侵攻

イスラエルが核兵器を持っていることは、すでに世界政治の常識。イランや北朝鮮が核武装する可能性があると、アメリカを始めとして国連決議で研究開発に反対しているが、イスラエルはアメリカの意向でまったく無視(北朝鮮はすでに核兵器を持っていることも自明らしい)。

イスラエルは持っている核兵器を脅しに使っている。自国の利益に反する動きに、核兵器を使うぞと脅して世界的に認めさせている。今回のレバノン侵攻も同じ。世界中でレバノン侵攻に反対しても、核兵器を使うぞとアメリカを脅せば、アメリカは常任理事会で拒否権を発動。1回目の非難決議は、アメリカの拒否権発動で日の目を見なかった。

2回目の非難決議まで十分時間をとり、ヒズボラを痛めつけ、レバノンを爆撃し、かなり被害を与えてから、さて、2回目の決議となる。ここでも、裏で核兵器の威嚇。使うぞ、使うぞと、使わない脅しほど怖いものはない。やりたい放題だ。

これまでも何度も勝手し放題だが、今回のレバノン侵攻もひどい。理由なんてどうでもいい。核兵器で脅されたアメリカやイギリスは、イスラエルの番人。そろそろやめないと、アメリカの立場もまずくなる、と踏んで収拾に出てきた。それでも、イスラエル寄り。

まずイスラエルの核兵器をイランや北朝鮮と同じように、核査察で発見し、使用禁止にする、という国連決議がないと、この事態はやりたい放題だ。決議違反は、経済制裁などで対抗する。何でも脅して軍事行動に出るイスラエルには、国際世論がストップをかける必要がある。

8月 7, 2006 経済・政治・国際 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年7月14日 (金)

権力という言葉

あなたはご存じですよね、僕が権力的ということを。傲慢で人のいうことに耳を貸さず、鼻持ちならない態度。傲慢の極みですよね。あなたは時に権力臭を撒き散らす僕に嫌気をさして、相手をしないことまでありますね。

もっと機嫌を損ねるのは、考え方の奥底にある権力性でしょう。発想、ものの辿り方に権力性を感じ取ってしまうのでしょう。ご明察、確かに権力的なのです。その僕が権力について語るって矛盾。だから聞く耳を持たないと匙を投げてしまうのでしょう。

でも、少しばかり聞いてみてください。

「いじめ」って言葉、虐めている加害者から発せられるものじゃないですよね。虐められている被害者から出てきた言葉でしょう。加害者には、相手を思いやることもあるでしょうが、虐めていることに非を感じていないとすれば、「いじめ」という言葉が存在しないことになるでしょう。被害者から「いじめ」といわれ、その行為を定義するのでしょう。「いじめ」という言葉にすでに加害者と被害者の関係が織り込まれています。

「権力」も同じようなものです。権力者は権力的な行為や仕草は当然なので、特にこの言葉を必要としません。被権力者にとって権力と意識させられ、ある人を権力者といってみたり、構造として権力と定義したりします。「いじめ」と同じように「権力」にもすでに権力と被権力の関係が織り込まれています。権力的な位置にいたり、権力的な存在だったり、権力を行使しているものにとって、権力は見えにくいものです。被権力によって定義された言葉ゆえ、被権力の有り様などを意識しない限り、権力が何かわからないものでしょう。

ただあなたもご存じように、教育や知識で、権力がどんな概念か、何が問題で、権力性を排するにはどうするかなどを修得することができます。誰もが権力の概念を語ることができます。一般化し知識として習得された「権力」には、被権力から生まれた言葉という内容は陰を潜めています。つまり、権力を持っているものでも権力という言葉を安易に使えるということになります。

まだまだ話のほんの端緒なのですが、もう聞き飽きてしまったでしょう。言葉遊びのようですからね。
話は尽きないのですが、権力という言葉は被権力から発したもので、権力関係を包含した言葉ということです。100話あるとしたら、ほんの1話です。
続きはまたの日にしますね、もう機嫌損ねてしまったから。

7月 14, 2006 経済・政治・国際 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年7月13日 (木)

軽率な安倍長官発言

7月11日分
政治は時として児戯の喧嘩に堕することがある。政治的な力学関係によって左右されるので、当然そんな事態があっても当然といえることも多々ある。ただし、それは政治的な戦術なり戦略があってのこと。政治的な発言には意識的でなければならない。特に政府高官の表だった発言なら。

先日の北朝鮮によるミサイル発射。北朝鮮大使の抗議に対する記者会見の場。安倍官房長官の発言。「大変残念で、憤りを感じる。誰がこんな関係になる原因を作ったか、よく考えて欲しい。拉致、核、ミサイル問題ともすべて北朝鮮が引き起こした」。

子供の喧嘩じゃない。一方的に北朝鮮を悪者に仕立て上げ、直接の原因をすべて北朝鮮のせいにしてしまった。北朝鮮が拉致、核、ミサイル発射を起こすに至る政治的な背景はまったく抜き。政治とは、その背景を捉えながら、現実的に解決することと、根本的な解決を目指すもの。一方的に北朝鮮だけを問題にすることはできない。

これらの問題が出てくる背景があればこそ、これまで辛抱強く交渉を重ねていたのではないのだろうか。直接的な原因とその対処だけなら、政治はいらない。特に国際的な政治では、調整が必要でそれが6カ国協議だったり、国連だったりするわけだ。こんな低レベルの発言が政府の声明として発表されてしまった。政治を任せておけそうにない。おまえが殴ったからいけないんだ、と相手に文句を言っているようなもの。殴る原因を作っていることなど考えもしない。

こんな軽薄な発言が大ぴらに出れば、いつもならマスコミも騒ぐはず。ところが、まったく無視。流すだけ。総裁選挙だ。ここで安倍長官の足を引っ張れば、総裁選にマスコミが取り込まれ、安倍が勝っても負けてもマスコミのせいと攻撃されてしまう。そんな危ない橋は渡りたくないと、黙りを決め込み、ニュースとして流すだけ。いつもの評論家諸氏なら必ず問題にしているはず。

本当に政治的な駆け引きだ。こんな形で総裁が決まるなんて情けない。もう少し背景も含めた政治戦略と戦術を語って欲しいもの。学校の先生だって、殴られた相手に否がないか調べる。

7月 13, 2006 経済・政治・国際 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月13日 (火)

権力志向と自己権力

ブッシュ米大統領や小泉首相を例に挙げるまでもなく、権力者の権力願望は尽きない。一般に権力を追い求めるものは、その魅力に取り込まれてしまう。魔術のようなもので、権力志向が権力を作り出し限りがない。権力の自己増殖だ。

この自己増殖は権力に限らない。欲と呼ばれるものは大半自己増殖する。自己増殖の怖ろしさに目を開いた人は、これを抑える方法として倫理や宗教を編み出す。対置したり包含するものとして、神や宇宙、哲学を打ち立てる。人間の性、自己増殖を抑えないと種の保存がままならない。もちろん、DNAの意志のようなものを感じ、そこに普遍性として神が出てくる。

権力志向の内在的な運動に歯止めをかける方法はいくらでもあるが、最高権力者と目されると、その手に権力そのものを手に入れた気になってしまう。しかも権力はまだまだ手に入れたわけではないと、矢継ぎ早にさらなる権力を求めて止まない。個人では制御不能な位置にまで達していることを自覚していないのなら、周りが抑えたり諫めたりするのだろうが、権力者ゆえ反対者を遠ざけたり、拒絶することができる。

権力の自己増殖は、バッタなどの異常繁殖と似ていて、行き着くところまで行くしかない。人智が入る込む余地がなくなる。これは政治権力に限らず、個人の権力にもいえる。どれだけの影響力があるか、どこで壁にぶつかるかの違いがあるが、増殖は増殖を生む。

現在、理念が後景に追いやられているが、増殖の抑止には新しい理念を構築する以外ないのだろう。「自由と民主主義」や「改革」というイメージだけで、自己増殖を止めようがないのは明白。でも、この理念、腐っても鯛。まだまだ有効で、新たな顔を持って再生産し、増殖してくる。ただ化けの皮がはがれていることも事実。新しい理念を構築したいものだ。

6月 13, 2006 経済・政治・国際 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月10日 (土)

ブッシュ米大統領の殺害歓迎報道

人の死を歓迎することをマスコミを通して流す人がいる。ブッシュ米大統領だ。爆撃して殺害を計画したのだから、歓迎すると軍向けに表明するのはだけでなく、全世界に向けて発表した。

法治国家、民主主義のアメリカとは思えない。もちろん、イラクはアメリカではないから法の埒外。でも、民主主義だとか法治国家だと公言している人の言葉ではない。

そもそもイラク戦争がこの理念に反している。戦争はすべてを超越する。都合のいいときには、世界の民主主義といい、都合が悪くなると殺害だ。

アルカイダと関係のあるザルカウィ。本来ならイラク政府が法に基づいて逮捕し、裁判にかけるのが法治国家たるもの。こんな原理が通用しないから、戦争状態が続き、イラクの統治がうまくいかなくなる。さらに、イスラムとの敵対とエスカレートする。

もうすでにイラク戦争が始まるところから異常なわけで、大量破壊兵器など存在しなかったのに、それも国際監視団も調査報告ではっきりしないと表明しているのに、はじめた戦争。どこにも理はないのだが、世界の民主主義のためなどと公言してはじめた戦争。現在の世界情勢からすると、アメリカに従わないと国家が存在しないという、恐怖警察一国主義。

イラク戦争の後処理が相変わらずうまくいかないのは、イスラムに対する強圧的な姿勢が根本にある。ブッシュは特に寛容性がなく、突き進んでしまうタイプ。誰か抑えないと、突っ走ってしまう。でもアメリカ政府にも、諸外国にもいない。こんな状態では、ベトナム戦争と同じような道を辿るかもしれない。そうでなくても、対イスラム戦争は続くし、イスラムの反撃も続くのでは。

政府のトップの殺害を公言したイスラエルの首相もそうだが、もう少し寛容な世界戦略を立てられないものか。まあそんな注文は無理か。彼らを政府のトップに選んだ国民もまずいよね。

6月 10, 2006 経済・政治・国際 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月 6日 (火)

村上氏逮捕に思う

マスコミで派手に取り上げられていた人が逮捕となると、手のひらを返したように、それ見たことかと揚げ足取りをはじめる人がいる。恨めしく思っていたのだろう。逮捕となると、ザマー見ろって感じで、これまで口にしていなかったことを、さも自分は正しかったのだ、と声高に叫ぶ人がいる。

相当ねたましくも思っていたのだろう。ホリエモンにしても村上氏にしても、天井人みたいな世界の違う人だから、僕には近い存在ではない。当然近しい人がいる。そんな人は、それぞれ思うことがあるのだろう。でも、いまだからいえるんだと、悪口やののしりは、その人の品格の問題に発展することをご存じだろうか。やれやれ清々した、とやっかい払いの如く、悪くいうのは、反則技だ。

逮捕されようがされまいが、悪い評判はある。ただあの大胆さは、多くの経営者を震撼させた。もうけたいだけじゃないか、とみんな悟っていたはず。もうけるのにあのスタイルを取っていたのに、逮捕となると、あのスタイルそのものが悪いみたいに、しゃしゃり出てくる人って変。

株やったことないけど、株で生計を立てようとしたら、あのスタイルもありだろう。村上氏がやらなければ、十年はのんびりできるかもしれないが、外国の資本が押し寄せるはず。名前は忘れたが、だいぶ昔テレビ朝日と朝日新聞の株が狙われた。株主無視の日本的な経営が危機に晒されていたわけで、そこに食い込んで儲けようとするのは当然だろう。芋づる式に、ホリエモン→村上氏と出てきたが、ここで収めないと被害が拡がると、逮捕に応じたのだろう。

裏の世界までよくわからないが、それみたことか、はないでしょう。

6月 6, 2006 経済・政治・国際 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月30日 (火)

民団と総連の和解

もう30年近くにもなるが、金大中氏の拉致事件があり、日韓連帯運動が盛り上がった時期があった。韓国のKCIAが日本から韓国に連れ去ったもので、しかも日本の警察は犯人まで特定できているのに、政治問題化を恐れて動かないという事件だった。確か金大中氏は民団の招待で来日したはずで、民団側の人との接触が多いはず。

日本の運動も内部で民団側と総連側、それに国際派みたいに3つのグループに分かれていた。たまたま参加したのが、いわば民団側。こんな意識を持つのが嫌だった。在日の人が分かれているのは、仕方がない。日本の朝鮮侵略や強制連行、朝鮮戦争後の分断政策などにその原因がある。

でも、日本から拉致されたことは1つの事実で、在日の人たちがどう分かれていようと、在日朝鮮人・韓国人と共同で取り組みたいものだった。ところが、お互いにどっち側だと陰口をたたき合う。そんなことは無視していたが、どうしても民団側に動いたりすると、総連の支部の人たちにも声をかけてメッセージをもらったりした。

先日、民団と総連が和解した。在日の中では、この反目が結構大変だったと聞いていた。二世三世の学校をどこに入れるか、焼肉店の流通ルートはどこなど、いろいろな場面で決断を迫られていたようだ。生活の場面に政治が入り込んでくる。政治はどこにでも入り込んでくるが、分断の原因の一端は日本の政策にあると思うと、たまらなかった。

民団の支部には、和解に反対をしている組織もあるようだが、和解してもらいたいものだ。

5月 30, 2006 経済・政治・国際 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月23日 (火)

教育基本法と愛国心強制

この国会で審議されている教育基本法で話題のひとつが愛国心の強要。
問題は、愛国心を教育の場で語っていること。教育から語るため、戦前の教育につながるという反対論が出てくる。一方、現状の教育や大人の有り様に不満な人たちが、愛国心があれば現状を変えられるとする賛成論が出てくる。

戦前の教育の復活になるなんて、おそらく賛成派でも志向していないし、そんな時代認識を持っていないから、この批判そのものは有効ではない。
一方、現状の教育に愛国心を強要すれば、子どもそして大人が変わるとの安易な考えも、おそらくなってくれればいいくらいの希望的な考えだろう。愛国心を強要したからといって、教育や大人に対する不満が解消するわけもない。そんなことは経済界でも叫んではいない。教育に求めているのは、グローバルな競争に勝つためのエリートと、エリートを底辺から従順に支えるマスのはず。このピラミッドが壊れていると危機感を抱いているので、このヒエラルキーを再構築するには秩序が必要、それには愛国心って流れだろう。だから何も愛国心でなくてもいいわけで、求心力のある論理と簡明な指針なはず。

現実には、石原東京都知事でなくても、愛国心教育はすでに先行している。形式的なことから教育現場が荒らされている。愛国心に批判的な教師が骨抜きにされている。権力の横暴だ。

戦後民主主義教育は、敗戦から不戦の魂を導き、高度成長に支えられ、高度教育が日本を成長させてきた。成長が鈍化し、社会構造が成熟期に入ってしまった現状を教育だけの問題に落とし込めても的を得ていない。愛国心強要を叫んでいる人たちも、戦後民主主義教育の功罪を話題にしている人も、愛国心を強要したら、日本が際限のない成長を果たすなどと夢思っていないはず。論点がずれている。

朝日新聞5月11日「小熊英二さんと考える ナショナリズムの今」で、小熊英二がナショナリズムの台頭はポピュリズム(大衆迎合主義)と言い放っていたが、正鵠を得ている。マスメディアが昨年の衆議院選挙で果たした役割の大きさを考えれば、ワイドショーが政治を変えてしまっている。この怖ろしさは実はヒットラー台頭のドイツと似ているが、情報量とその取得方法の広がりで大きく違っている。ポピュリズムの指摘は、一方で時代の流れを無視してしまう可能性がある。既成事実と化してナショナリズムが進行すると、反対勢力を封じ込めることがたやすくなる。結果、恐れているナショナリズム、国家主義の台頭となるかもしれない。

国際交流が進み、否が応でも日本を意識せざるを得ない現状からすれば、愛国心やナショナリズムを強要しようとしているのは、社会構造への危機感以外にないだろう。そしてこれはこれまで何度も叫ばれてきたが、反対に負けて実現しなかった。それを押し通そうとする時期と錯覚してるのが推進派だろう。教育に求める問題ではないのだが。

5月 23, 2006 経済・政治・国際 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月18日 (木)

共謀罪 反対

みんなで新宿でバカ騒ぎしよう、などと友達と計画立てていると、君たち共謀罪で逮捕する、と官憲が出てくる。こんなおかしな話が現実化するかもしれない法律が現在国会で論議されている。

もともとは、国際テロ対策で国内法も整備する必要があったもの。国際的な組織犯罪を未然に防ごうと国連総会で採択された条約に従って、法律が提出された。昨年の衆議院解散で廃案になったが、かなり物議を醸した。

この法律の怖ろしいところは、ボランティア組織、組合、青年会、市民団体、ファンクラブなど、ある組織が何らかの行動を取ろうとして計画を立てるだけで、犯罪を犯したことになること。もちろん、政策の反対運動もあるだろう。とにかく、人が集まって計画を立てると、共謀罪。集会・結社・思想・信条の自由を踏みにじり、計画を立てただけで逮捕してしまう。具体的な行動を起こさなくても、計画しているだけで問題になる。

「共謀」とは悪いことを複数の人で企てることだが、悪いことって何かが不明。芸能人のファンクラブがアーティストのコンサートを企画し、海外ツアーに行くのは、それにテロ組織が紛れる可能性があるからダメ。これって、悪いことを共謀したってことになるの。

スローライフを進めるために田舎に共同で農地と宅地を購入する計画を立てたとする。これも、お上からみれば、共謀。購入する土地をどうしようとするかは、わからない。テロ組織の訓練施設なんて解釈もあり得る。官憲の勝手な解釈で逮捕される。

何か理由を付けて問題にするのが、公権力。計画していた、集まっていた、というだけで取り締まりの対象になるなら、何かしようとする前に、お上にお伺いを立て、これは共謀罪にならないというお墨付きをもらう必要が出てくる。計画する前にお上にいちいち話さなくてはならない。この自己規制も狙っている。自己規制が働くと、自由に集まって行動できなくなる。

そんな話はない。治安維持法の戦前に戻ったとはいわないが、公権力が土足で人の集まりにしゃしゃり出てくることを許してしまう法律はいらない。声を上げないと、与党多数の国会で採択されてしまう。

5月 18, 2006 経済・政治・国際 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年5月 8日 (月)

教育基本法改正の狙い

今国会後半の焦点に浮かび上がった教育基本法改正。まだ与党内で未調整だが、愛国心強制の是非が問題として取り上げられている。もちろん、この問題も大きな争点だが、戦後何度も話題になってきた教育基本法改正の今回の狙いは、教育の質に危機感を抱く人たちの教育改革という側面がある。

この間のゆとり教育をはじめとする教育行政の揺れによって、高度な知識、特にITをはじめとする理系知識を習得した学生が圧倒的に少なくなっている。昔は就職に有利と理系学生の比率が高かったが、暗いイメージの理系は敬遠されてきた。日本の産業構造を担ってきた技術革新を支える理系学生が減る。エリート層が育たない。これはここ数十年、教育界だけでなく産業界で叫ばれていた。

理系エリートを育ててないと産業構造が崩壊するという危機感は、結構根強い。グローバル化が進む産業構造は、矢継ぎ早の展開を推進できる理系学生を求めている。技術力を失うと、製品輸出から製品輸入へと産業構造が大転換してしまう。理系エリートだけでなく、理系知識を広範に習得した学生を社会に排出させることが至上命題となったわけだ。

日進月歩の理系知識を習得し、有益なもの生み出す環境を作る、というのが教育の課題、特にそれを担うエリート層を作るというのが教育基本法改正の大きな狙いだろう。愛国心教育論議で葬り去られそうな形勢に、愛国心を捨てても押し通してくるかもしれない。でも中央教育審議会など文部科学省は、すでに格差教育を推進している。あえて教育基本法を改正しなくても、教育再編=格差拡大、国際的なエリート層をピラミッドの頂点とする格差教育は進むのかもしれない。

愛国心教育については別の機会にするが、子どもに魅力のない社会にこそ問題の本質があり、教育をどうこうするだけでは済まない。閉塞的な社会構造を変えることが先決だろう。

5月 8, 2006 経済・政治・国際 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月26日 (水)

ツケを回される弱者

先日、政府与党が公務員OBの年金を最大10%カットする方針を出した。年金の官民格差を是正するのが狙い。これで、厚生年金と共済年金を一元化ができるという。

これって、年金以外に収入のないお年寄りイジメ。最低保障を設けるというが、それは誤魔化し。年金制度を変えるということと、現在支給されている年金をカットすることは別だ。すでに消費税アップも目論まれており、これも弱者の負担が相対的に増える。

財政を立て直さず、赤字国債を乱発して、国と地方の財政がパンクしたら、これだ。弱者の狙い打ち。訳知り顔に語る識者の弁にも腹が立つ。

しかも、何ら意味不明な米軍のグアム移転経費に7100億円税金を投入するという。まったくアメリカのいいなりになって、その帳尻を弱者にしわ寄せする。本当に都合のよい政策ばかりだ。

日本のお役人って、結構長い目で政策を立案している。少子高齢化の問題は、かなり前からテーブルに載っていた。お役人の政策に従えばいいとは思わないが、先を見ない時の政府の人受けのよい政策で赤字が膨らんできた。政策勉強より、選挙対策しか見えない議員がその場限りの政策でこの事態を作ってきたといって過言ではない。もちろん、そんな無策で人受けする議員に投票するのも問題だが……。

一見聞こえがいい「官民格差是正」って、袋だたきの官=公務員をさらに追い詰めるもの。総スカンくっているから文句も言いにくくなっている。弱いものをさらに叩く。そんな行政があっていいのかな。年金だけでないが、先に展望を見出せない政治に、わざわざ貰えそうもない年金の掛け金を払いたくない若者が増えてきても当然ともいえる。
どんどんひどくなっている政治だ。

4月 26, 2006 経済・政治・国際 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月 8日 (土)

偽メールで沖縄が危ない

偽メール問題を引き伸ばし、民主党の脆弱性を露わにした政府・与党は勝手し放題。ついに沖縄・名護市、辺野古崎にV字形の飛行場を作ることになった。

メールなんて簡単に偽装できるってこと、IT活用を叫んでいた民主党は知らなかったのか。しかも、そのあとのドタバタ。やめるんだったら発覚したときにすぐ辞職すればよかったはずの永田議員。収拾できないままモタモタしないで、さっさとやめて欲しかった前原執行部。

この間の政治停滞の中、政府・自民党・公明党はマスコミに隠れて、また沖縄や岩国、神奈川などに犠牲を強いる米軍再編を進めていた。もちろん、マンション偽装や、BSE問題、アメリカ追従の外交・経済政策なども、批判もなくやり過ごしてしまった。
イラクへの自衛隊派遣だって、選挙後の新内閣さえできないゴタゴタに巻き込まれて内政干渉のまま撤退時期を決められないでいる。

米軍再編は沖縄だけの問題ではないが、まずは普天間基地から米軍が撤退すれば済む。肩代わりを沖縄に押しつけるなんて許されない。グァムに撤収するというなら、名護・辺野古に新設しなくてもいい。米軍の世界戦略・東アジア戦略のいいなりでしか政策を進められない小泉内閣をストップかけるはずの野党が身内の墓穴で立ち往生。昔平和を叫んでいた公明党は、自民党の強行政治を後押しするだけ。

民主党トップに就いた小沢代表って、派手さは小泉首相ほどではないが、強権的で自民党改革路線と似たもの。裏政治の主人公。小沢代表が、名護・辺野古をはじめとする米軍再編を止めない限り、きっと存在感はない。自民党に取り込まれた公明党を、平和の1点で離反させ、反自民勢力を作る。アメリカには、BSE牛肉問題や外交でいいなりにならない、と言い続ける。中国・韓国・北朝鮮などの東アジア友好外交を展開する。小泉政治で見捨てられた低所得者層などに政治の目を向ける。そして、小泉衆愚政治をやめさせる……

これって小沢代表には期待できないのかな。でも、期待しないと、沖縄はずーと日本の軍事・外交政策のツケを背負わせることになる。

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◆映画のお知らせ◆
2月26日に書いた「三池 終わらない炭坑の物語」(熊谷博子監督)が、4月1日からポレポレ東中野で上映されています。ご覧いただければ幸いです。

4月 8, 2006 経済・政治・国際 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年3月22日 (水)

沖縄の海、日本の安全を守るのは

3月末にも最終合意される在日米軍再編。
岩国での住民投票では、神奈川・厚木基地からの空母艦載機部隊の受け入れ反対が圧倒的多数になった。沖縄県、神奈川県など多くの自治体でも、地元知事が米軍再編に反対を表明。特に沖縄・普天間飛行場の名護市辺野古(へのこ)沖への移設には、関係自治体の保守系首長も反対や難色を示している。

これだけ多くの反対の中、政府・与党はアメリカとの約束に基づいて中間報告通りの最終合意に突き進もうとしている。辺野古では、貴重な沖縄の海が海上飛行場に化けようとしている。多種の珊瑚礁など豊かな生態系を破壊してまで作ろうとしている浮上式飛行場。

沖縄は自然豊かな島で、僕も何度か行ってくつろいで来た。多くの人が沖縄の海、自然、人に憧れて出掛け、満足して何度も足を運んでいる。移り住んだり、住民票を移したりと、生活を沖縄とともにする人もいる。特に沖縄の透き通ったマリンブルーの海は、ほかでは味わえない美しさ。

アメリカ追従一辺倒の小泉首相。アメリカの言うことなら何でも聞く。住民投票なんか国防政策には影響ないと平気な顔。アメリカが、沖縄海兵隊のグアム移転費用総額100億ドル(約1兆1800億円)の75%(約9000億円弱)を日本に要求していることが暴露されたが、こんなことすでにだいぶ前から決まっていたはず。他の国では米軍が撤退するとき、撤退費用を負担した例はないという。隠しきれなくなって金額の引き下げなどと繕っている。沖縄返還のときだって、費用負担を極秘扱いで何十年と隠してきた。

独自の外交政策・国防政策ってものがないのが小泉首相。アメリカのいいなりで、世界から属国扱いされている。米軍が撤退すれば、米軍戦略に従って自衛隊が肩代わり。独自の外交を展開できない。
そんな政府・与党の政策。事前に話がなかったから、もう少し早めに地元に話があれば、なんて保守系の首長まで語ってしまう。この間の密約はまったく失敗。

沖縄の海を守るのはもちろんだが、事故が頻発する米軍には撤退してもらうのが外交・国防政策の基本。アメリカの世界戦略に振り回されるのはやめてもらいたいもの。

3月 22, 2006 経済・政治・国際 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年3月12日 (日)

格差あるって居直り

「格差が出るのは別に悪いことではない」「そもそも格差はあるでしょう」。総務省の家計統計調査、国民の所得格差を示すジニ係数が拡大していることを問われた小泉首相の言葉。

ジニ係数って、所得格差が平均所得からどれだけ開きがあるかっていう指標らしい。はじめて聞いた。ジニ係数や所得格差に特にこだわりはない。格差があると居直ったその態度。現状の調査結果に対して、一般論を対置しても有効ではない。政治を治めるものなら、格差をどうするかがいつも問われているわけで、これに答えないで普遍論らしく並べるのはレベルが合っていない。

政治って、個人的に対応できない社会的に立場の弱い人や不平等などを、社会的にサポートするためにもの。一人や家族の力では、雪降ろしもままらない。孤老で寝たきりの人を介護しづらい。自然環境の悪化だって、一人の努力では限界がある。社会的に支援する必要がある。そこで、国民から税金を取り、その金で種々のサポート施策を講じる。これが政治。

格差なんてはじめからあるって当たり前の話。それをどうするかが選ばれた政治家の仕事。これまで社会資本の充実と声高に叫んで、道路や港湾、飛行場など公共工事に税金を投入してきたが、社会福祉のインフラは未整備のまま。個人や家族、ボランティア、篤志家の努力に頼ったまま。社会保険が危機に瀕していることはだいぶ前から指摘されていたのに、慌てて保険料上げるだけ。上がって家計が苦しくなるのは、社会保険を最も利用している人。格差があるから、税金を広く集めて社会的に格差解消に向かうっていうのが、政治の基本。これからの時代、集めた税金を福祉に回し、そのインフラを作ることが急務のはず。子育てや老後を安心して担える環境を作ること。

所得の少ない人を負け組といいきって、再挑戦して勝ち組になれる社会にしたいなんて言語道断。所得が少ないのは負けなんて、誰に向かっていっているのだろう。こんな言葉がまかり通る小泉首相には、政治の基本を教えてあげるしかないのか。残念至極。

3月 12, 2006 経済・政治・国際 | | コメント (2) | トラックバック (1)