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2014年4月21日 (月)

意味ではなくイメージで納得していた「時間割」

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「割り」(わり)といえば、「薪割り」「スイカ割り」「カチ割り」「股割り」「コマ割り」「縦割り」「卵割り」「くるみ割り」など、対象物を物理的に分割するものがすぐ思いつく。
「水割り」「お湯割り」など、液体を追加して濃度を薄めるものときにも使う。

最近では、「家族割」のように総量を利用者で共有する場合もある。

これらは馴染んでいるので違和感を覚えなかったが、「時間割」に納得がいかなかった。

小学生の頃、意味などわからなく、月曜から土曜まで、1時限目から5~6時限目まで書かれた表が教室の前に、家の机の前に張り出していたのが、「時間割」。

時間を割ったといえば、確かに何時何分から何分までが「国語」と授業時間を分割しているので間違っていないのだが、時間を分割しているという印象より、その表そのものを「時間割」と理解していた。

正確には「時間割表」のことで、ある時間を分割しているとは思えなかった。

屁理屈のようで、しかもうまく説明できないが、明らかにトータルなものとして捉えており、時間を分割したものではなかった。

小学1年生に「時間割」と問えば、表を指すと思われ、僕の意識もその程度なのかもしれない。

4月 21, 2014 日記・コラム・つぶやき |

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