« 歌声が入っている楽曲は、著作権保護されている | トップページ | 毎日薄曇り »

2011年6月15日 (水)

記憶喪失のジャケット

Nigaoe_05


蒸し暑かったり涼しかったり、雨に当たられたり陽差しがまぶしかったり。着るものに無頓着とはいえ、悩ましい季節が梅雨。行き帰りを除けば外出することが少ない仕事柄、気にしないで過ごせるが、蒸し暑い電車の中で厚手のジャンパーはさすがに暑く重い。雨の中の半袖は、さらした腕が冷たく心細い。

時間に追われる朝、洋服ダンスを開けジャケットを探す。まだ衣替えが済んでいないゆえ、冬物が占拠。来週には替えなくちゃとジャンパーに袖を通す。さすがに冬物のスーツはずっしりと重く、手が伸びない。

少し余裕がある朝、夏物が入ったタンスを開ける。ジャケットがない。モスグリーンのラフな麻織り。14年ほど前、スペインに行くというので買ってもらった自慢のもの。自分では何一つ選べないから、あてがわれたものを取っ替え引っ替え腕を通していれば、その日その日が過ぎていく。この季節には格好のジャケットだ。

確かに着古し感は否めない。型崩れと洒落ていう以上にボロボロ。肩パッドは気抜けして形を維持できない。襟はよれよれの上、密集したタンスの背広につぶされて折れ曲がってアイロンを当てても元に戻らない。まくった袖は糸くずが乱れ、引き抜くのが怖い。座ったときに着いた背中のしわはアートと呼べるほど縦横に尾を引いている。カガミを見る習慣がないが、家の中や街で見る姿はヨレヨレという言葉が似合う。

スペインではおしゃれといつも身に着けていた。あれから14年。春から夏、夏から秋のちょっと難しい季節は、このジャケットが側にいた。もちろんクリーニングに出した。「ここはほころびていますが、ご確認ください」とめくったり裏返したりしながらチェックする店員さん。消え入りそうな小声で「はい」とうなずく。この瞬間、裸をさらしているようで恥ずかしかった。

ジャケットが見つからない。ない! ない! といつもは叫ぶ。声をかければ、いつもああだこうだと彼女から返ってくる。どうしても声が出ない。タンスにない理由が思いつかない。昨年の冬クリーニング出して戻ってきていない? ボロだからともう着ないと断りなしに捨ててしまった? いや散々ののしられて自分で処分した?

どれも覚えがない。見当たらないから捨てたのだろう、きっと。でもあのジャケットはどうしたっけ? と聞けない。忘れたの? 自分で捨てたじゃない! と呆れ声に身を小さくしそう。あらっ、言っていなかった、汚いから捨てちゃった、と言われたら救い。覚えていなくて当然だ。去年自分で捨てたでしょう! みっともないといったら! いわれそう。でも記憶にない。もう一昨年になるんじゃないの、と返されたら身も蓋もない。

どれも心当たりがない。もしかしたら自分で処分したかも。でも聞けない。声が出ない。失ったかもしれない記憶が怖くて……。きっと出てくる。タンスがいっぱいだったから、こっちに吊しておいたわと、不安を吹き飛ばしてくれるかもしれない。

どこに行ったのだろう、あの記憶。

Rimg0116_

ケシ
カッパのような皿を載せた、平べったく丸いつぼみが妙におかしい。

6月 15, 2011 日記・コラム・つぶやき |

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/165422/51912913

この記事へのトラックバック一覧です: 記憶喪失のジャケット:

コメント

コメントを書く