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2008年11月15日 (土)

ままならぬ米ひと粒の我が身かな

茶わんに残った米粒を見たお袋が、農家の人が1年掛けて作った米を粗末にするな、と口うるさかった。有り難さが躾になり、残すことは罪悪と化す。町に出て、米作りは田植えと稲刈りの手伝いになっただけだが、人ごとのように農家の人と言い放ってしまったところに苦労が忍ばれる。そう思い直したのは、だいぶ先になってから。生業の米作りを捨て町に出たことに、どれほどの苦汁が滲み出ていたことか。農家の人に感謝しなくては……と言い添えていた。当時、米はあまり買っていなかったはず。親や親戚から、新米だとか、餅つきだとか、何かにつけ届けてもらっていた。

子どもが小さいころ、添い寝しながら絵本を読む。昔話も読み聞かせていた。米一粒でも粗末にできん、という正直者の老夫婦が穴に落とし、ネズミのご馳走になるという話しがあった。確かネズミから宝を分けてもらう。それを耳にした隣の欲張りの爺さん。米を穴にたくさん落とし、宝くれとせびったら、宝箱から蛇やカエル、虫が出てきた、という顛末だったか。当時流行っていた日本昔話にも出ていたはず。

0時過ぎの電車は、毎晩ギューギュー詰め。身動きもままならない。昨夜など、どうしたことか、中年おじさんとご対面。目をつぶって相手を見ないことにしたが、目の前に大きな顔。メタボの腹が、フラットな我が腹に押しつけられる。身を引きたくなる。生温かくドヨーンとした大腹。押しつけられたまま数分。耐えられるものではないが、体が動かない。満員電車をすし詰めという。寿司がギューギュー詰めなら、不味くて食べる気にもならない。お重に詰まったいなり寿司のことかと思えば、押し寿司のことだった。確かに押し寿司なら、しっかり押し込まないとボロボロ。押し寿司からイメージした満員電車。なら、我が身は米一粒ということか。

それにしても気色悪かったな、あの腹は。

11月 15, 2008 日記・コラム・つぶやき |

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