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2008年7月31日 (木)

本質タマネギ

気:「時の部屋」から戻っても、久しく声掛けてくれなかったね。
元:現実から逃避が長すぎた。すっかり現実のペースを忘れて、現実の問題に頭を抱えていた。ひとりで現実を取り戻そうと、髪切ったり、低周波治療器で肩凝りを治したり、iPodのボリュームを上げたり……。なかなか思うに任せない。

気:君って単純だから、適応能力が乏しいんだよ。現実は複雑さ。それが本質でしょう。
元:またまた、挑発してきたね。

気:えっ?!
元:現実が複雑ってこと、いつもため息ついて納得している。それが現実というなら、トートロジーながら、だよね! と頷く。でも、それって、本質でも何でもない。現実の捉え方の一側面だ。

気:本質にひっかかったわけか。本質なんてないっていいたいわけ?
元:またっ、挑発! よくタマネギに模して本質を語ることってある。

気:本質があるかどうかと、タマネギの皮を1枚ずつむいてみる。皮を剥げば、最後に本質が現れるだろう、と。皮をむいてみると、ない。そう、本質なんてないんだ、って議論かい。
元:違う! 本質って言い方をするとしたら、むいた皮を含めたタマネギそのものが本質ってわけだ。ものごとの中に本質如きものがあるだろうと探し求めて、見つけた! やったあ~! と叫ぶってことある。

気:法則見つけたり、真理を探し出した、と興奮してしまう。
元:そう。でも、探し出している過程を含めて、皮だって本質。真理がベールに包まれている、なんて思い込みに過ぎない。むかれてバラバラになったタマネギも、いわば本質ってわけ。

気:禅問答好きの現実に戻ったようだね。で、なぜ本質に引っかかったんだい。憂えていることでもある?
元:三度目の挑発かい。

気:気にかかっているんだね、挑発と受け取るわけだから。
元:はい、はい。いわれると確かにちょっと気にしている。愚痴ると、つい本質は? なんて現実の有り様を分析した振りする。わからないことを整理して、何が本質かって考えがち。

気:悩み深き青年よ。いくらでも語りたまえ。聞く耳だけは持っているよ。
元:分析して何か得られるものが出てくるわけないかもしれない。でも、この事態、どうする? って考えてしまうわけさ。

気:なんだ、現実に戻っているんじゃないか、しっかりと。君の現実は、悩みそのものだろ? それって、君の地ってものだろう。本質ともいうかな。これは挑発じゃない。
元:かな?!

7月 31, 2008 日記・コラム・つぶやき |

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